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先日近所の児童館で大学生が主催のイベントがありました。
「でかきぞめ」という書き初め大会で、大きな紙にみんなで文字を書くものです。
「春」「夏」「秋」「冬」の文字が各グループに割り振られて、そこに文字とイメージする絵を自由に書き込んでいく。日頃できない大胆な作業を子供たちはとても楽しんでいました。
またそれを準備したり、みんなで一つのものを作り上げる構成を考えた大学生のこれまでの努力も素晴らしいなと思いました。
ただ一点気になったのはスタートの段階のサークル長の女の子のスピーチがイマイチたったこと。
ちょうど代表が3年生から2年生に変わったばかりらしく、明らかにおどおどしていました。
子供たちは目の前の大きな紙と絵の具、スプレーやローラーにワクワクしていますから、私はその興奮を覚めさせてしまう要因にならないか教員としてハラハラしていたわけです。(←余計なお世話)
何度か書いてきていますが、スピーチというのは才能ではなく努力です。だから学生のうちにたくさん経験を積んでほしいと思いました。
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ただ、その子がおどおどしているのは、人前で話すことに慣れていないことだけでなく、そもそも何を話すべきか分かっていないことが要因であるように思いました。
この場で何を話すべきか。
ルールやこれからの流れの説明はサークル長に求められるものではない気がします。かといって、これまでいかに準備してきたかでは押しつけがましい気がします。
自分だったらこの場で何をはなしたか?
そのことを私は考えていたのですーーーーーーー。
場面は変わりますが、昨日は子供の小学校でかるた取り大会があったので見てきました。
ここでの先生のスピーチはやはり安定感がある。その内容も感心するものでした。
「今日の会の名前を知っている人ー?」(参加の促し)
「そうだね、「ことわざかるたを楽しむ会」、だね。だから今日はみんなにかるたをいっぱい楽しんでもらいたいと思います」
「どうして昔からお正月にかるたで遊ばれてきたか知っていますか?それは大人も子供も一緒に楽しめるからだそうです」(メタ認知)
「今日は大人の人にも入ってもらって一緒に勝負しましょう」
カルタはテレビゲームと違って大人も子供も大人数で一緒に楽しめる、そんなレトロゲームのユニバーサルデザインに気づかせてくれる良い話でした。
この話から私は改めて最初の大学生があの場で何を言うべきだったのかを考えたんです。
それは「この行事をする目的はなんなのか」を説明することだったんじゃないか
ということなんです。
大人はなんとなく理解していることも、子供は初めてなので分かりません。
先日もプロジェクトマネジメントの記事で書きましたが、プロジェクトが熱量を持って進行されるためには「なんのためにやるのか」がメンバーの中で明確になっていないといけないのです。
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それこそ書初めだったら「日本の伝統に触れる」「新年に自分の願いを新たにする」などの目的があります。もしサークルとして「新年に願いを新たにする」を願いとするのだったら「春夏秋冬」という文字のチョイスも変わってきたのかもしれません。
ただ今回の企画は子供たちが楽しめるようにとても工夫されていました。私はこのままで良かったと思います。だとしたら「みんなで協力して一つのものを作る達成感を味わってほしい」ことを説明します。
このように目的を伝えると、それが勝ち負けや上手い下手だけの観点だけではないということに子供達自身が気づきます。
カルタ大会では一枚も取れない子もいましたが、「大人の人と一緒に楽しめたし、最後まで頑張れたから目標が達成できた」と思うことが出来ます。
また書初めにしても「うまく書けなかったけど、知らない人と協力することができた」という振り返りをすることができるわけです。
学校における場で様々な行事の前にしたときにも「なんのためにやるのか」は意外と生徒に対して説明されていないことが多いように思います。
ですから、長としてやるべきは「なんのためにやるのか」を伝えて子供たちの熱量をあげていくこと。そしてそれに基づいてフィードバックをしてくことではないかと思います。
これは大学生に限らず、私自身への戒めでもあります。そもそもこの行事をやる目的を自分は子供たちに説明しただろうか。そんな観点で自分自身を振り返りたいと思います。
今回の大学生の姿からそんなことを感じたので書いておきます。
皆様の参考になれば幸いです。読んでいただき、ありがとうございました!
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