偏差値70.0

超進学校で働く教員の日常。

教師の心の守り方

最近この本読みましてね。

というのも転勤してからというものの,

 

ちょっとやばいかもな…

 

と思う瞬間が私にもありまして。

 

これまでの数倍緊張しながら毎日を過ごしてるんですね。なので病気にならないためにも読んでみました。

 

この本に書いてあるんですけど,

 

異動二年目までと初任二年目まではうつ病の発症率が高い

 

みたいなんですね。

 

これ読んで、「やっぱり!」って思いましたよ。

 

だから初任者には特に気をかけて声をかけてあげないといけないし,世の中の人たちはもっと私に優しくすべきですよね。(すいません,回らないお寿司が食べたいです)

 

そしてこの本に書いてあるんですけど,

 

社会が成熟してくると専門性が求められ,保護者や生徒からの要求が高くなってくる

 

みたいなんですね。これを本当に感じます。

 

特に今ネットでいくらでも検索できるし勉強できる時代ですから。保護者も生徒も知識がすごいんですよ。

 

障害のある子の保護者さんとかはめちゃくちゃ勉強してますからね。ちなみに私が相手してる保護者っていうのは医者とか弁護士っていう知識層で,まぁ色々と知っているわけですし,こちらの力量なんて一発で見抜かれます。

 

一方で教育界は多忙感から採用試験の倍率は落ち続けているわけで。

 

なので,

 

保護者や子ども達のニーズに教員の能力が追い付かない状況がいたるところで生まれてる

 

んですよ。

 

部活でも生徒指導でもそうなんですけど,意外とクレームがついてるパターンて,大体そういうパターンで。

 

保護者や子ども達の方が言ってること全うだったりするんですよ。

 

ただ教員が人員不足から専門外のもの持たされてたりするのが日常茶飯事なので、知識が無かったり,行き過ぎた指導になったりしてクレームに繋がってるわけですね。

 

そしてそういう対応だったり教員間でのトラブルだったりでどんどん多忙になって気持ちを病んでしまう先生が出ていると。

 

そして,一人抜けると他の人間がカバーに回る必要が出てきて。もうみんないっぱいいっぱいになるという負の循環が始まるわけです。

 

なので,この本にはまずは教員という仕事は「感情労働」であるということを意識すべきだと書いてありました。

 

感情労働とは感情によって左右される仕事で,こだわり始めたら上限なく出来てしまう仕事のこと)

 

そして自分に出来る防衛手段をとるべきであると。

 

しっかり寝る、運動する、アルコールに頼らない,休む時は休む。

 

そういう人間としての健康的な生活を心がけるぐらいしか自分に出来ることはないのかもしれません。

 

(あとは管理職とか教育委員会がうまくアプローチできるかってとこでしょう)

 

そして私が感じた何よりの防御策は

 

勉強し続ける

 

って事じゃないかなと思うんですね。これが最大の防御なんじゃないかなと。

 

やっぱり不勉強は見抜かれますからね。そこにおごりがあると付け込まれちゃいますから。

 

「攻撃は最大の防御」ってよく言いますし,しっかり勉強して専門職としての知識をつけておくことが防御になるのではないかと思います。

 

ただそれで勉強しすぎると体を壊すってのがこの仕事の難しいところかもしれませんな。

 

まっとりあえず気分転換しながら頑張りますわ。

 

読んでいただき,ありがとうございました!

 

共通テストの未来。

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今年の共通テストで女子生徒によるカンニングが話題だったじゃないですか。

 

そこから考えたことがあったのでまとめてみます。

 

AIがどんどんと発達するこれからの時代、学力として求められるのは、

 

「探究 共同 創造」

 

であると東京大学名誉教授である佐藤学氏は言っていて。

 

これはほぼ間違ってないと思うんですね。

 

コンピューターは計算は非常に強いけど、何かに興味をもったり、コンピューター同士で対話したり、新しい創造をしたりすることは出来ないですから。

 

だから、これからの子供たちはこの3つの力を育てて行くことが大事だと言われている訳です。

 

そしてそこから、私が思ったのが、

 

実は共通テストでカンニングしていた子ほど、そういう力はあったんじゃないか

 

 

という事なのです。

 

確かにやり方は褒められたものではないし、絶対に許されないことです。

 

しかしながら、周りの人に協力を求めたり、なんとか試験を切り抜ける方法を考えたりと、実社会において役に立つのはこういう考え方が出来る人間なのではないかとも思ったのです。

 

あくまで現行の共通テストのやり方の上において問題になってるだけで。そういう力も測れるようなテストのあり方に変えていく必要があると思うんですね。

 

私が思うに、これからの時代、まず入試はグループ単位があっていいんじゃないでしょうか。

 

そのグループの中での貢献度やその場における創造性、探求的な態度を見られる。

 

どんなに能力高くてもコミュニケーション取れなかったら社会の中で発揮出来ないですから。これは非常に大事な能力だと思いますね。

 

グループを作らせておいて、難しい課題をボンッと与えて、解くまでの過程を見る。

 

もちろんスマホの持ち込みなんかもOKにします。必要な時に必要な資料を検索できるのか、というのはとても重要な能力だと思うからです。

 

もちろん問題はあって、

 

採点が超難しい

 

というのは出てくるでしょう。

 

しかしながらそこにこそコンピューターに出来ない領域があるとも思うのです。

 

そして入試が完全にそう変わったら、日頃の学校の授業や塾の授業も変わらざるを得ません。

 

権威的に教え込む授業が全く価値を失う訳ですから。日頃からコミュニケーションが頻繁に行われるものになるでしょうし、定期テストの代わりにグループによるプレゼンなんていう形も出てくるかも知れません。

 

何にせよ、見方を変えるとあの女子生徒によるカンニングはそんな現行の共通テストに対する問題提起のようにも見えると思ったのです。

 

思いついたので、書いておきます。

 

読んでいただき、ありがとうございました。

不安の正体。

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転勤してからずっと不安なんですよね。

 

ここまで心細くなった事ないと言うか。

 

五月病の人の気持ちが初めて分かるなっていう気持ちでいます。

 

なんせまず

 

電話取れない

 

 

ですからね、私ったら。

 

中高一貫で事務室まであるから、電話のオペレーションがめちゃくちゃ複雑なんですよ。

 

同じ室内にいても広すぎて内線で飛ばさなきゃいけない環境ですから、もう出来るだけ電話取りたくない訳です。

 

電話かかって来ても生徒の名前も分からないですし、職員の名前も分からないですからね。

 

一回「〇〇先生いますか?」っていう超シンプルな電話かかって来ましたけど、テンパり過ぎてて隣の席の先生の事だって分からなかったぐらいです。

 

だから、

 

 

電話を取ってくれそうな人が近くにいなかったら席を離れて校内をウロウロする

 

 

という愚行をこの4月は繰り返してきた訳ですね。我ながら情けないっす。

 

ちなみに授業でも自分がハマってるのかもよく分からないですね。

 

前までだと授業づくりにはわりかし自信ありましたけど、今の学校だと難しいと思って持ってった問題を一瞬で解かれますから。

 

その上簡単すぎて暇になって小説とか読み始める子居ますからね。

 

これはもうこちらの準備不足、難易度設定のミスですから、当然怒ってはいけないと私は考えている訳なんですけど。

 

だから、

 

小説読んでる子を傍目に確認しながらただただ敗北感に苛まれる

 

っていう授業時間になってるわけです。

 

一回テストの準備忘れていて、前の学校で使ってた問題出したら、全員に100点取られて。

 

さらには「問題が簡単すぎる」っていうクレームが学校に入るっていう

 

 

 

 

見ましたからね。夢の中でも私は仕事のこと考えてしまう訳です。

 

なんかこう色々と慣れない事ばっかりでクラクラして来ましてね。

 

特に根源になっている不安の正体を色々と考えたんですけど。

 

それが、

 

ポジションがもててない

 

って事なのかなぁと。

 

これまでだとバレーが自分の自信の根拠になっていたところがあって。

 

うまくいかなくても体育館に行けば子供達の成長が見えて。ここに自分の居場所はあると思えたんですよ。

 

バレーっていうところに常に自分のポジションはあった訳で。

 

例えば仕事上でミスしたとしても「ここ(バレー)は絶対他の人に取られない自分の場所」って思えたんですよね。

 

だけど今は全く経験のない部をもって、自分のポジションと言えるものが無いですから、そこに不安の正体があんのかなと。

 

子ども見てても思いますけど、組織の中に自分の居場所がないってなかなかしんどいものですよね。

 

まぁ時間の問題かなとも思いますけどね。

 

私のキャラクターが浸透して、全体の中で自分のポジション確立するまでの辛抱かなと。

 

とりあえずじっくり取り組んで行こうかなと思います。

 

頑張りますわ。

 

読んでいただき、ありがとうございました!

 

ps.ブログ名を変えてみました。高校の時の修学旅行の時に友人がつけた班名が由来です笑 引き続きよろしくお願いします。

 

 

 

 

秀才たちによる身体測定。

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学期スタートと共に毎年学校で行われるのが身体測定である。

 

本校でも身体測定が行われ、私は視力検査を担当したのだが、ここでの反応が普通の学校とはちょっと違ったので書いておきたい。

 

まずみんな目がやたら悪い。

 

とにかく勉強して来た子達だから、メガネ率が異常に高く、更にそのメガネの度が数年も経って合わなくなってきているのである。

 

なので当然低い結果が出るのだが、視力の低さと反比例するように偏差値がやたら高い彼らは、そこを記憶力と気合いで乗り切ろうとする。

 

まず、何人かは視力検査表の近くに立ち、暗記を始めるのである。

 

これがまぁ本当に結構覚えるから厄介である。何のために視力を上げたいのかは全く意味が不明だし、メガネが合っていないのなら、その結果をもとに早く眼科に行くべきだと思うのだが、とにかく良いスコアを出したいらしい。

 

必死にランドルト環の配列を覚えて検査に臨む。

 

 

そんな中で両目ともAAと良好な判定をされた生徒が出たら

 

 

「おお〜!」

 

というどよめきと拍手が起こるのである。あいつやりやがったぜと。

 

さらに検査中は周りから常に応援の声が飛ぶ。

 

「もう少し攻めてこう」

 

「練習思い出して!練習!」

 

「気持ち大事!ここで引いたら負けだよ」

 

「ちょっと落ち着こう。ここが正念場。集中!

 

視力検査における練習とは何なのか全くわからないが、彼らは体育祭の時よりもちゃんと応援していたと思う。

 

体育祭よりも視力検査の方がクラスとしての一体感があるあたりが担任としてなんとも悔しいではないか。

 

「見えてる!見えてるよ!」

 

「ランドルト環がビビってる!」

 

「流れ来てる!」

 

「この流れ切らないよ!」

 

別にどう臨んでも良いのだが、この応援をクラスメイト30人全員にイチイチやるのである。

 

大切な生徒であるのは間違いないのだが、なんて面倒な人たちだろうか。

 

あぁ、私は早くこの学校でもやっていけるという確信が持てるようになりたい。

 

その確信が少しももてないまま、ゴールデンウィークまで来てしまった。私の心はランドルト環のように最後までどこか欠けたままである。

 

視力検査の最後にある子はこう言った。

 

 

 

 

 

「また来年頑張ろう!」

 

 

 

アツいのである。

 

試合後のロッカールームみたいにアツい。

 

この中で私はやっていけるのだろうか。

 

何にせよ、彼らと向かい合うのは並々ならぬ精神力を必要とする。

 

しっかり休むゴールデンウィークにしたいものである。

 

 

 

 

この国に感じる危機感。

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キャンプの際にちょっと感じた事があったので書いてみます。

 

将来何になりたいか、そのために何歳でどんな事をしているかを英語で考える時間があったんですけど。

 

みんな

 

 

医者になりたい  

 

 

っていうんですよ。その確率の高さたるや。

 

ほぼ全員医者になるんじゃないか、

 

 

ここってもしかして医者養成所なのかな?

 

って思ったぐらいなんですね。

 

医師になるっていうのは素晴らしい目標だと思うんですけど。

 

しかしながら、日本のエリート層であるこの子たちが目指すのが医師である国に、これ以上発展はないだろうなとも思ったんですよね。

 

アメリカとかだと中小が好まれたり、NGOが人気の職種の上位に来たりするわけで。

 

彼らは仕事に大きなやりがいを求めていて。小さい会社でも自分の能力で大きく当てて先行者利益を取ることを考えるわけです。

 

そうやって色んな職種に優秀な人間が分散することで新しいサービスがイノベーションとして生まれていくわけですね。アップルしかり、フェイスブックしかり。

 

だから国として経済的にも常に成長し続けるわけですよ。

 

かたや日本はやっぱり安定志向で。分かりやすい大企業が人気。

 

そして目の前の優秀な子たちもやっぱり安定を求めて高給とりの代名詞とも言える医師を目指そうとしているわけです。

 

世の中高齢化が進みますから、これから医療はもっともっと必要でしょうし、医師になれば生活は安泰でしょう。

 

しかしながら、医療はマイナスは止めても、国の発展を支える根本的な要因には繋がらないんじゃないかと思ったのです。

 

何というか、それ以上に私が悲しく感じたことがあって。

 

 

それは意外と子供達がすでに一般的な価値観に染まってしまっているんじゃないかってことなんですよ。

 

私は目の前の子たちをとても個性的で面白い子たちだと思っていたんですよ。

 

でも実は物凄く世の中の価値観にすでに染まってる人なんじゃないかって思ってしまったんですよね。

 

みんな頭はいいけど、成績とか収入とかっていう指標で生きてるごくごく普通の人達で。

 

この子たちがそうってことはこの国からもう新しいものは生まれないのかもなって。

 

とまぁそう書くと、

 

「公務員のお前がいうな」

 

「お前がっつり安定求めてるやないか」

 

っていう話で。本当にその通りなんですよね。

はい、すいません。

 

ただ、ここ数十年日本から世界を牽引するような企業が出て来てないのはそういう優秀な人間がチャレンジが必要な場に飛び込んでないからな気がするんですよね。

 

いや、まずお前が飛び込めよ

 

って話なんですけど。はい、すいません。

 

そしてそうは思ってもここで子どもに変なこと言うと、

 

「余計な事うちの子に言わないで!」

 

「せっかく医者にしようと思ってたのに!」

 

ってなりそうですから難しいですよね。

 

つらつら書きましたけど、誰かに刺さってれば幸いです。

 

 

読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

中高一貫の強み。

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この前体育祭が終わった所なんですけど、学校ではすぐに新しい企画が始まっていましてね。

 

それが

 

 

「英語漬けキャンプ」

 

 

なるものなんですよ。

 

子ども達は一日中外国人に囲まれて、ひたすら英語で過ごすっていう鬼トレーニング企画なんですよね。

 

外国人から英語でバンバン話しかけられて、英語で返答をする。

 

そして毎時間のように即興で考えて英語でプレゼンをするっていう凄まじい企画ですね。

 

それも

 

 

3days開催

 

 

ですからね。

 

普通の学校でやったら不登校続出するでしょうね。言ったら教員かてちょっとキツい人はきついと思いますよ。(私は笑って誤魔化してます)

 

しかもこれがコロナじゃなきゃ、泊まりで。

 

しかも夜中までプレゼンやるってんですから。なかなかイカれてますよ。(しかも中2で)

 

やってることのレベルの高さに圧倒されてるんですけど、私はここに中高一貫校の強みが凝縮されてると思ったんですよね。

 

私がこの企画を通して感じた中高一貫の強みは以下の3点です。

 

中高一貫校は先取り学習が可能。

文科省中高一貫校については様々な特例を認めていまして。

 

だから教育課程が大幅にいじれるんですよ。中学校の学習指導要領の内容を超えてもいいんですよね。なので、すでに子ども達は高校レベルの学習をしてるし、終えている子も多い訳ですね。

 

だからこのような企画がそもそも成り立つ訳です。

 

普通の中学レベルの学習や進度では到底ここまで辿り着けません。だから子ども達は高校卒業までにある程度英会話に自信をもっていけるわけですね。

 

②周りの子のレベルが高い

もちろん、英語がそれなりの力しかない子もいるわけですが、中には海外の大学の進学を目指してペラペラな子もいる訳です。

 

だから弱音吐かない雰囲気が常にあるんですよね。

 

みんな辞書片手に必死です。(私もです)

 

そもそも小学校の段階で受験を勝ち抜いて来たエリート達ですから、周りの子達からえる刺激はとても多いものがあります。

 

ある子が見慣れない英語の参考書を持ちこんでいたので「これどうしたの?」って聞いたら「親が書いた本なんです」っていう返答ですからね。

 

普通親って本書けないですよ。

 

どんな家庭で育ってんねん、って感じですよね。

 

③高校入試がないために受験以外のところに力が入れられる。

あと一貫校で受験がないですから、こういう特殊な学習に時間をかけられるのもメリットですね。

 

修学旅行なんて西日本4泊5日ですから。

 

こんなん普通の学校じゃありえませんよ。

 

(普通の学校なら良いとこ東日本2泊3日です。)

 

しかもコロナさえなければ海外連れてくっつーんですから、その力の入れようったらないですよね。

 

(親の経済力もあるから成り立つんでしょうけど。ちなみに私が行けない可能性ありますよ笑)

 

とまぁそんな良さはあるんだなと感じています。

 

「じゃあ自分の子を入れたいか?」

 

と聞かれたらちょっと悩みますね。

 

能力があれば良いですけど、能力ない子を入れても苦しむだけでしょう。

 

実際自分は勉強出来ると思っていたのに、この学校に来たらそうでもないっていうギャップに悩む子は多いようです。

 

まぁそんな環境でもやっていけるっていう逞しい子については良いのかも知れませんけど。

 

とまぁそもそもの箱が今までの規模とちょっと違うんですよね。

 

だからそんな中で自分にできることってなんなんだろう?って感じてます。

 

まぁ探しながら頑張りますわ。

 

本日も読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

 

秀才だらけの大運動会。

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体育祭だったんですよ。

 

やたら勉強して来た子たちによる体育祭なんで、ちょっとこれまで経験したものとはかなり違うものだったんですよね。

 

まず、うちの学校なんですが、生徒のメガネ率が異常に高いんですよ。

 

さらに、勉強ばっかりであんまり運動して来てないですから、去年は慣れないスポーツにメガネを壊すヤツが続出したみたいなんですね。

 

ボール受け取れなくてポロリ(メガネ)。

 

リレーで転倒してぐしゃり(メガネ)。

 

なので、会議では

 

「いかに生徒達のメガネを守るか」

 

を考えながら種目決めが進む訳です。

 

もちろんハードそうなものは基本的にすぐNGが出ます。

 

そして進学校の高校の体育祭は、あくまで勉強の合間の息抜きであって。中高一貫のうちの学校は完全にその流れを汲むんですよ。

 

だからあんまり時間かけないし、練習もしないんですよね。

 

縦割りによる練習や、応援合戦はなしです。

 

行事を通したクラス形成みたいなのは、これまで自分の得意技だったんですけど、そういうのが出せる場が全くないんですよ。

 

担任は基本的に見てるだけなんですよね。

 

なんだかなぁ。まぁ子供達は楽しそうだから良いんだけども。

 

教員もほとんど何もしないから楽なんだけど。

 

なんだかなぁ。

 

って阿藤快みたいになりながら見てましたよね。

 

ちなみに私は何もしてないけど、我がクラスは二競技で一位に。

 

このままいくと優勝する勢いなんですね。

 

そしたら生徒達がそわそわと

 

ハーゲンダッツ見えたな…」

 

「これハーゲンダッツだな」

 

なんてニヤニヤし始める訳です。

 

これどうやら、

 

「優勝したら先生に何かをおねだりできる」

 

っていう謎の伝統があるみたいなんですね。

 

これは完全に高校のカルチャーですよ。

 

高校は飲食とか金銭に関して中学校よりもずっと緩いですから。

 

生徒達は中高一貫で先輩達見てるから、これやろうとしてるわけです。

 

もう少しで担任にハーゲンダッツ買って貰えると思って勝手に盛り上がってるわけですよ。こっちは何も言ってないのに。

 

だから最後の種目であるリレー見ながら私は、

 

「これに勝たれたら俺はハーゲンダッツを全員に奢らないといけないのか…」

 

って恐ろしくなって来ましてね。

 

生徒が懸命に走る姿を見ながら、

 

「(頼む、頑張るな…)」

 

「(転んでくれ…)」

 

「(負けてくれ…)」

 

と生徒の失敗を願うっていう初めての経験をした訳ですね。

 

 

そんな私の思いをよそに、子ども達はダントツ一位をキープしたまま一着でゴールしたんですけどね。

 

しばらく言われ続けるでしょうね、ハーゲンダッツ

 

日頃自分で食うのもシャトレーゼだっつーのに。なぜ人の子にハーゲンダッツを買わなければならないのでしょうか…。

 

生徒が担任に何か買うように要求するの法律で禁止してほしいですね。

 

とりあえず、体育祭も終わり、今月がなんとか無事に終わりそうで、ホッと胸を撫で下ろしております。

 

まぁなんとか私はやっております。

 

本日も読んでいただきありがとうございました!

 

 

 

ゴールデンウィークは神が与えし休息点。

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なんでしょうね、転勤してからやたら頭使うというか。

 

もっと言うなら自分てこのままじゃやばいと思うことが多いんですよね。

 

例えば部活については全く経験がないので、高校の専門で競技やって来た先生がついでに中学生も面倒見てくれてるんですけど。

 

驚いたことに、

 

メニューが全部英語

 

なんですよ。

 

子どもたちはその先生が作った英語のメニュー表を見ながらどんどん練習を進めていきます。

 

これは英語の勉強をする

 

という狙いもあるようですが。

 

それ以上に

 

課題を理解するために子供達がコミュニケーション取る必要がある

 

 

っていうところに狙いがあるんですね。

 

どうしたって分からない用語が出て来ますから、そこについてはみんなで話し合う必要がある。

 

そして、そういう時に既にそのスタイルで経験して来た上級生が教える側に自然と回る訳です。

 

スポーツの技能が高くない子でもこういう場面で人の役に立てれば自己有用感につながりますから、これは実によく出来た仕掛けです。

 

そして実はこれ、私も思いついたことがあったんですけど。

 

でも、自分の英語能力が追いつかなそうで、自信無くてやらなかったんですよね。。

 

だから実際やっちゃう人って凄いなって。

 

そしてこれをやってるその先生っていうのは、英語科では無く、数学の先生で。

 

それでいて私より年下ですから、こりゃ凄いなと。

 

こういう風に周りの先生達の能力の高さに圧倒されてしまう場面が結構あるんですよ。

 

 

学年主任の先生は年度が始まるとすぐに、子供1人ずつ面談をはじめています。

 

手間もかかりますし、これはかなり大変な作業なんですけど。でもしっかり計画立てて着実に進めてるんですね。

 

そしてミーティングをする際に生徒は先生に一枚プリントを出すんですね。

 

『私は「   」について「   」だと思うんですけど、先生はどう思いますか?』

 

生徒達はこれを埋めて主任との面談に臨むわけです。

 

これがもう子ども達の書く内容がめちゃくちゃレベル高い訳ですよ。

 

進学校ですから、アート、数学、哲学、経済なんかの話題を生徒は切り出して来るんですけど。

 

主任もどんな球来ても打ち返す自信があるんでしょうね。(W大出身のスペックの高さをさりげなく見せてくるわけですよ。)

 

それでいて、子ども達の興味関心なんかも分かるという良問になってるわけです。

 

(私がやったら多分ほとんどの問題でボケて誤魔化すでしょう。)

 

隣のクラスの先生は発問2つでものすごく子どもたちが盛り上がっていたんですけど。

 

東大の入試問題で授業やってるわけです。

 

(こういうの喜ぶ子たちなんですよ。普通の問題じゃもう満足出来ないんですね。)

 

だからここの教員は気持ちだけじゃやっていけないなって。

 

勉強してないと子どもからも教員からもすぐに不勉強を見抜かれちゃうんですよね。

 

やりたい事を実現するための能力を持った人たちに囲まれてる状況っていうのはかなりありがたいですし、本当に毎日勉強になるんですけど。

 

 

でも、改めて

 

 

なんでここに来ちゃったのかな?

 

 

って思うというか。

 

周りの教員のレベルが高くて自信無くすっていう初めての経験をしてるわけです。

 

そしてその反面、こういう場を与えられるのを待ってたなって思うんですよ。

 

毎日ワクワクしてますよ。まだ成長出来るわって。

 

ま、頑張ります。

 

すごい教員になりますんで、まぁ見ててください。

 

(このブログをみなさんには「島耕作」みたいな気持ちで見ていただいて。私の成長を楽しんでいただけたらと思います)

 

本日も読んでいただき、ありがとうございました!

サラダボウルな人達。

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新しい学校で学級目標決めることになったんですよ。

 

学級目標といえばクラスの合言葉ですし、私もこれまで学級づくりの上でかなりこだわってきた部分なんですね。

 

言うなればクラスの指針であり、この決定というのはクラスが一つになる最初のチャンスであるといえます。

 

だから私もかなり意気込んで教室に入ったんですけどね。

 

 

ちなみに学級目標を考える上では、みんながどんなクラスにしたいか考えるところから始めます。

 

今回もその流れに従って始めたんですけど。

 

そうしたら、

 

「一人一人が輝けるクラスになりたい」

 

みたいな意見が出たんですよ。

 

ここまでいいじゃないですか。

 

(まぁありがちではありますけど。)

 

そしてそれを表す言葉として

 

『一等星』

 

っていう言葉が出てきたんですよ。

 

これもまぁ良いじゃないですか。

 

言葉も綺麗ですし、願いにも合ってるし、掲示物も作りやすそうだし。

 

でもここからがこの学校のすごい所なんですけど。

 

 

『一等星はそんなに数がないと思います』

 

 

って言い出すヤツがいたんですよ。

 

そしてそういうヤツが次々と出てくるんですね。

 

 

 

『一等星はたしか21個です』

 

『クラスの人数が30人だと考えた時に、一等星が21個しかないのはいかがなものかと思います』

 

『もしかして9人は輝けなくてもいいと考えてらっしゃる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジでこんな感じなんですよ。

 

 

うまい!って思うような言葉出てきてもそれを全力でかき消す奴等が出てくるんですよ。

 

そして訳のわからん自分の案をガンガン出してきやがるんですね。

 

それがまぁやたら口が立つから、どんどん票が分散していってしまってですね。

 

 

 

 

最終的に

 

 

訳のわからん学級目標になった

 

 

んですよ。

 

初めてですね。10年近くやって来てここまで子供達をコントロール出来なかったのは。

 

最終的に話し合って話し合って決まった目標の意味が誰も分かってないっていう。

 

そういう学級目標になりましたからね。私、何に決まったのかよく思い出せないですもん。

 

なんかもう話をしながら彼らの奇人ぷりを感じずにはいられませんでしたね。やっぱり紙一重の人達なんだなと。

 

ちなみに目標を考える上で

 

「人種のサラダボウル」

 

ってのも出たんですよね。

 

昔は「人種のるつぼ」って社会で教わったアメリカなんですけど、最近は「人種のサラダボウル」に変わって来ていて。

 

 

それはアメリカの多様な人達がけして混ざり合ってはいないっていうことの表れなんですけど。

 

 

まさしくこの子たちもそんな感じだなって。

 

それぞれが個性的過ぎて混ざることがない。それを自分のクラスの子たちに感じたんですね。

 

 

これまでの難しさの種類とはまたまったく違うタイプの難しさですね。

 

なんかもう最初っからめちゃくちゃ頭痛いですよ。これが一年続くのかと思うと、クラクラしてきました。

 

まぁ頑張ります。。

 

読んでいただき、ありがとうございました!

スタート。

さて、新学期がスタートしたので私の近況を書こうと思うんですけど。

 

今回私が異動になった先っていうのは,受験して入るような高学力校なんですね。

 

子ども達がどういう家庭から来てるのかっていうのが、まず見えて来たんですけど。

 

医者、医者、医者、医者、教授、弁護士、大企業、医者、公務員、医者……

 

って感じだったんですよ。

 

世の中に医者の子供ってこんなにいんのか

 

って思いましたよね。君達ここにいたのねと。

 

そしてほぼシングル家庭なし。前いたところはクラスの3分の1ぐらいシングルマザーってこともありましたからね。

 

今3組に1組が離婚しているってことを考えるとこのシングル率の低さは控えめに見ても異常です。

 

つまり,ここの子ども達っていうのは,もともとのIQの高さに加えて十分な環境を与えられてきた本当に恵まれた子達なんですね。

 

そしてそういう子達ですから,もう当たり前にやってることのレベルが違うんですよ。

 

「次に来る新しい部活の先生が困らないように,引き継ぎ書を作ってきました」

 

ある子はそういって,A43枚にまとめた部の引き継ぎ書を先生に提出したりしてんですよ。

 

(これまでの実績や,活動予定,メンバー紹介などが簡潔にまとまってました)

 

そしてまた別の子は黒板に高校レベルの問題書いて解いて遊んでたり。

 

ちなみになんとなくクラスの子に,「将来何やりたいの?」って聞いたら,

 

「考えてるのは医療と音楽の融合です。医療の分野で音楽との親和性を考えていくことで、より良い医療が提供できないか模索しています」

 

って答えですからね。

 

何考えてんだと。

 

もっとドッチボールのこととか考えとかんかい!

 

ってツッコミ入れたくなりましたよね。

 

頭いい上に人も出来てるんかいってもうツッコミどころ凄いんですよ。

 

そして同時に気づいてしまったんですが,

 

 

明らかに周りの先生達の偏差値も高くなった

 

んですね。

 

私と一緒に新しく来た先生に,

 

「前任校はどちらですか?」

 

って何気なく聞いたら,

 

「スペインです」

 

でしたからね。え??スペイン?って。

 

私が期待してたのは○○村立○○第三中学校みたいなやつでしたから。

 

そして他にも東大医学部中退して教員になった人とかも職場にいるわけですよ。

 

 

 

あなたは…なぜ…教員に?

 

と思わずにはいられませんよね。

 

ようは超高学力の子達を見るわけですから,教員もそれなりの学力をもった人が集められているわけですね。

 

だから,そういうの見てるとですね,

 

なんで俺来ちゃったんだろう?

 

って気になるんですよね。さすがに私も自信ないというか。

 

4月に入ってから毎日毎日襲ってくる不安と戦ってますね。ここで本当にやってけるのかって。正直よく寝れないですもん,明日来るのが不安で。こんなに夜不安になるのは,海外でウサギ部屋に通された時以来ですよ。

 

ちなみに子ども達は英検2級とか普通にもってたりしてますけど,

 

私は

 

 

英検5級

 

ですからね。

 

更に子ども達のバックには塾がついていて,我々教員がどういう傾向の問題を出して来るのか、テストのたびに分析してデータをとって対策をしてくるようです。

 

だからもう色々とめっちゃ不安なんですよ。

 

ここ10年感じたことがないような不安を今感じてます。

 

ただ,ポジティブにも捉えないといけないなって。

 

最近上の本を読んでるんですけど,この本には

 

全く違う文脈に取り込まれた時に、人は大きく成長する

 

っていうことが書かれていて。

 

ようは慣れ親しんだ場所にいても頭使わないんですよね。だからあえて全く違う文脈や環境に自分を置く。そういう時に脳はフル回転するし,そこに成長があると。

 

思い出してみると,海外行く時もめちゃくちゃ不安でしたけど,あれも大きな自信と代えがたい経験を与えてくれたわけで。今改めてそういう状況なのかもなって思うようにしました。

 

これは私にとって成長の大きなチャンスなんですよね。(不安すごいけど)

 

ちなみにここでの私の戦略なんですけど。

 

優秀さっていうのは相対的なものなんですよ。

 

どんなに優秀でも周りがみんな優秀ならそこに優劣が生まれるわけです。

 

だから,頭の良さで勝負すべきでないなと。すでに知識だけで言ったら私より詳しい子はいっぱいいるでしょう。

 

でもユーモアとか,みんなが安心できるような雰囲気を作ったり,楽しい学級経営をしたりとか。

 

それは子供達には出来ないことですから。

 

そこで教員としてのプロの力量みせたるわって思ってますね。

 

なんにせよ将来の日本をしょって立つような子ども達にリアルに触れられるっていう可能性の大きさに身震いしてる今日この頃です。

 

とりあえず私は,この能力高すぎる子たちにしっかり教育を施して,教育現場から日本を変えようかなって思ってます。

 

ま、頑張りまーす。

 

読んでいただき,ありがとうございました!