偏差値70.0

超進学校で働く教員の日常。

グレーゾーンで生きる。

最近発達障害に興味があって色々と本を読んでいるんですけど。

 

気づいたのが、「今の職場にはそれっぽい傾向の子ども&職員&親が多い」ってことなんですよ。

 

実際に上流階層ほどASDになる可能性は高いみたいなんですね。

 

そしてそういうことが私のここ最近の悩みにもつながっているのかなと感じたわけです。

 

自分のクラスで見ても,ASDとADHっぽい傾向を持った子が数名います。これまで見ていたクラスよりもはるかに多い。

 

私の今いる職場は受験して入るような進学校です。結局発達障害というのは特性の偏りですから,彼らがもっている集中力の高さやこだわりの強さが学習という答えの有る場面で発揮された場合に,ものすごい能力を発揮するわけです。彼らは,そういう能力を生かしてここまで来ているわけですね。

 

実際に休み時間もずっと数学解いて居たり,数学について喋りだしたら止まらないという子もいます。

 

しかし,半面で人の感情を察することがひどく苦手ですから,答えが無い対人関係の場面でトラブルになることが少なくない。

 

そしてこちらが指導しても「何にこの人は怒っているのか」「自分は悪いことをしていないのに」と話がまるで入らないことが結構ある。

 

これまではそれを本人の性格の問題だと考えていましたが,発達障害によるものだと考えたらちょっとアプローチが変わるのではないかと思っています。

 

そしてそういったちょっと変わった子と言うのが,適切な教育を受けられないことによって集団の中で苦しんでいる可能性が高いわけです。(私の今いる職場では,小学校での適応に苦しんだ子が受験して来るケースもあったりします)

 

教員も教科の勉強はしますが,発達障害の専門家が少ないという現状があります。これからの時代、発達障害に関する勉強と専門家としてのケアはマストでしょうね。

 

モンスターペアレントの問題もありますが,実は発達障害の傾向をもっている親御さんが少なくないような気がします。(主観ですけど)なので勉強しておくことはこちらの身を守ることにもつながるはずです。

 

細かい支援については色々とあるのでしょうが,本を読んだ中で面白いと思ったのが,

 

イスラエルなど,途上国では自閉の有病率が低い

 

という話です。

 

そういえば私も途上国に居た時に,学校に通っていたわりに出会う場面が無かったなと。

 

これには初婚年齢がまだまだ低いことなどが考えられていますが,もっと重要なのが生育環境であり,途上国にある安定した養育環境や親子の絆が発達障害をマイルドにする可能性があると。

 

つまり、

 

愛着は第二の遺伝子

 

と言われるほどに適応を左右すると考えられているわけです。

 

(特に一歳半までは超大事)

 

そう言われたらですね,根本的に大事なのは小手先のテクニックではなくて。

 

そのちょっと変わった子に対して大人が愛着をもって接することができるか

 

なのではないかと思います。

 

このベースの上に教育が成り立つんでしょうね。どんなに個性的な子も愛せるか。そこにかかっているんじゃないかと思います。

 

とりあえず2023はもう少し発達障害について勉強してみたいなと思っている次第です。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

 

(本日の参考文献はこちら)

 

 

 

パワハラについて考えていたら、色々と発見があったっていう話 part3

これ書こうか本当に迷ってるんですけど、まぁ書いちゃいますね。

 

(すぐ消すかもです)

 

色々と発達障害について調べてるうちに気づいたんですけど、

 

それは、

 

私は自分自身が多分、発達障害

 

って事なんですよ。

 

おそらく軽度のADHDかなって。(診断は無いです。あくまで主観ですよ)

 

性格的に小心者だからあんまり露呈しないんですけど。

 

調べるほどにおそらくこれなんだろうなって思えて来てですね。

 

ちょっとそう思った根拠を書いてみたいと思います。

物をとにかく失くす

まずADHDの人の特徴の一つが物を無くすことなんですけど。

 

私昔からペンとかめちゃくちゃ無くすんですよね。

 

その度に必要になって仕事で使う赤ペン買うんですけど。

 

その結果、家の中が赤ペンだらけなんですよね。

 

多分部屋の中探したら失くしたまま使ってない赤ペンが30本は出てくるんじゃないかな?っていうぐらいで。

 

修学旅行中の忘れ物しかりなんですけど,とにかくうっかり失くしものが多いんですよね…。

喋りすぎる 

次にこれ。

 

このブログしかりなんですけど。

 

普通の人がストップかけるところも言っちゃうんですよね。ウケると思ったらその欲求に勝てないんですよ。

 

興味が先行して先に動いてしまうんですよね。衝動的って言う特性があるわけです。

 

あとまぁ日常でもがつがつ人に向けてしゃべっちゃいますからね。

 

これもその特性の表れなのかなと。

スケジュール管理が苦手

あとこれ。スケジュール管理が苦手っていうのもADHDの特徴なんですけど。

 

私髪切る時に予約とかできないんですよ。(正確に言うと出来るけど苦手です)

 

新しい予定が入って来てマルチタスクになるのが辛いんですよね。なんかひどく窮屈な感じがするというか。その予定に合わせて行動しないといけないと思うと一日中ハラハラしてしまうんです。

 

だから飛び込みで髪切れるところ探して行ったりしてるんですよね。(最近はほとんどこれ)

 

あと年末年始になってくると家族で動かないといけないから予定組まないといけないわけなんですけど。

 

そういうのもしんどいんですよ。年末の動き考えたりするだけで憂鬱になりますね。

頭の中が多動

ADHDの特徴として多動性があるわけなんですけど。

 

大人になると動きはなくなっていくようですし、元々スポーツ好きで発散できていたからか、動きの面での多動はそんなにないんですけど。

 

でも一方で「頭の中の多動」っていうのもあるようでして。

 

ひっきりなしに物事考えていて集中しきれないんですよね。話題が飛ぶというか。会話していてそういう瞬間があるようなのです。

 

 

 

そしてですね、一緒に生活している妻はこのことにものすごく不安を感じて居るわけです。

 

例えば車内の子どもの置忘れが話題ですけど,私の場合、うっかりやりかねないって。

 

あと子どもにも遺伝するんじゃないかっていう心配もしているわけです。

 

生活そのものについても,いくら言っても改善されない無力感を感じる時があるようで。カサンドラ症候群になることを心配しているわけです。

 

なのでまぁ,私は偉そうに書いてるけど本当に足りない人間なんですよ。

 

年齢を重ねて,段階を踏むにつれてそれが明らかになってきたというか。

 

若いうちは「おっちょこちょい」で済んでいた話が段々済まなくなって来てるんですよね。

 

嫌じゃないですか,やたら落ち着きなくてミス連発するおじさん。

 

だからそう分かってきたらですね,このままこの仕事続けていていいのかとすら思い始めているんですよ。

 

大きな事故起こす前にやめるべきかなとすら思う時があって。どんどん任される仕事がミスが許されないものになってるんですよね。

 

特に教員をこのまま続けていくと,管理職になるのか、という選択を迫られるわけなんですけど。現場からどんどん離れて事務的な作業をするのって私が最も苦手とするところなんですよ。

 

通知表の訂正とか私だけ他の先生よりめちゃくちゃ多いですからね。細かい表記のチェックみたいなのが凄く苦手なんですよ。

 

だから,

 

このまま教員として管理職を目指すべきなのか。

 

この自分の特性にあう仕事に転職するか。

 

現場にとどまって出来る仕事を続けるか。

 

今すごく悩んでいますし,不安なんですよね。

 

誰か詳しい方いましたら、助言お待ちしてます。

 

読んでいただき,ありがとうございました。

 

 

 

パワハラについて考えていたら、色々と発見があったっていう話。part2

さて前回の話の続きです。

 

こちらの本について読んでみたので,学んだことを書いておきたいと思います。

 

ちなみにASDについては68人に1人の割合で出現するんだとか。

 

発達障害については数が増えたのではなく,認知されたことによって顕在化してきただけでしょう。

 

意外と社会の中でうまくいっていない人の多くが発達障害なんじゃないかっていうのが,今の時代になって分かって来ているわけですよね。

 

では,そのようなASDの上司を持ってしまった場合,どのように対処すべきなのか。この本から勉強になった部分を書いていきます。

ASDの人は自分のこだわりで全て決定する

まずこれです。これ本当にその通りなんですよね。

 

私もこれまでの経験がありますから,生徒指導でもめた時には,こうじゃないの?って思う瞬間があるんですけど,上司は全く聞きません。

 

よって反論・持論の展開はNGのようです。余計に敵視される一方だと。

 

だから生徒指導における話し合いがはっきり言って意味がないんですよね。下がなんぼ現場の意見を言おうと上の意見ですべて決まってしまうから。

 

でも自分の身を守るためにも、もう聞くしかないのかなと。最終的に何かあった時に責任を取るのは上司ですからね。もうどうでもいいわ,お前その代わり責任とれよと思いながら会議に参加する毎日です。

面従腹背

次にこれです。

 

だからこそ面従腹背であれと。(表面だけは服従するように見せかけて、内心では反対すること)

 

もう抵抗するだけ無駄なんですよね。自分がメンタル壊して休職したら一番影響出るのは子どもですから。それだけは避けないといけない。

 

ASDの特徴として「自分に肯定的なメッセージが出ている時は安心して応じる」というのがあるそうですから,顔で笑ってヨイショしとくに越したことないんじゃないかなと思います。

 

面従腹背」この言葉覚えておきましょう。ここ,テストに出ます。

2つの選択肢で迫る

ASDの人が,自分で考えたことにしか興味が無い以上、自分で考えたと思い込むように進めるしかないと。

 

つまり2つの選択肢で迫るって本に書いてあるんですけど,これ勉強になりましたね。

 

これまでそもそもどうアプローチしていいか分かってなかったですから。これからはそういう風にもっていこうかなって。

 

もう最初の一言すらめちゃくちゃ迷ってましたから,これ読んだだけで救われた気になりましたよ。

 

今後は最初に選択肢を考えておいて。それから、

 

「どっち!?」

 

って三宅裕司みたいに迫るスタンスを取ろうかなって思います。

自分へのメリットのあることは積極的

これも、もう読みながら膝打ちましたね。パワハラの対象がまさしく自分のメリットにならない人ばかりだからです。(私も含みます)

 

だから裏を返すと,上司にとってもメリットがある案件については提示にビビる必要ないんだなって。

 

これまでなんでもかんでもビビってましたけど,「これはあいつにとってもメリットあるな」と思える話は別にもっていってもいいんでしょう。

 

そういう案件に対しては積極的にもっていって、かつ二択で迫っていけば,上司にとっても「自分の立場を上げてくれるかわいい部下」になるんでしょう。

 

予習しておけばチョロいっすね。

 

単に脳の偏りでそういう特性が出てるだけですから。

 

あと数か月は上記の事を生かして乗り切るだけだなと思っております。

 

とまぁパワハラの対処のために色々と発達障害について調べていたんすけど。

 

色々と調べているうちに実は

 

驚愕の事実

 

に気づいてしまったんですよね。

 

そこについては,正直ちょっと書くかどうか迷ってんですけど。

 

まぁ気が向いたら書きますわ。

 

読んでいただき,ありがとうございました!

パワハラについて考えていたら、色々と発見があったっていう話。

最近のパワハラ事情について書いてみたいと思います。

 

えっと相変わらず直属の上司によるパワハラがひどいんですね。

 

ずっと職員室で部下の悪口言ってますし、この前も別室に呼ばれて私の隣で別の人が理不尽なことでめちゃくちゃ怒鳴られてるわけです。

 

こりゃもうだめだなって思って。私前々からこいつの息の根止めるとしたら自分だって思ってましたから。

 

そのまま部屋を出た足で,その状況を更に上の部署に報告に行ったんですよ。

「もう頼むからあいつクビにしてくれよ」ぐらいの勢いで行ったんですよね。

 

そしたらですね。

 

「ここに来たのは君で200人目だ」

 

みたいなこと言われたんですよ。

 

ようはもう,何回もこの件は報告されてたんですよね。

 

(俺が息の根止めてやるぐらいに思ってましたから、ちょっと恥ずかしかったですよ笑)

 

みんなが同じこと望んでるんですね。そしてその度に上からは注意が入って。でもその人はまた同じことを繰り返しているという状況なんです。

 

そしてそういう状況であることを聞いたときにですね、ふと、私の頭に

 

もしかしたらこれは、自分ではもう抑えられないようなもの。

 

つまり、

 

障害なのではないか…?

 

っていう仮説が私の中に浮かんだんですよね。

 

あの人って実は発達障害なんじゃないかって思ったんです。

 

そうやって色々と調べて居たらですね。もうぴんと来ちゃいましてね。

 

多分、その上司って言うのは、

 

尊大型のASD自閉症スペクトラム

 

なんじゃないかなって思ったんですよ。そして調べるほどにぴったりくるんですね。

 

説明するとですね。

 

人に高圧的に出てしまう人には、単純にパワハラするタイプとASDの人が居ると。

 

そして普通にパワハラしてしまう人の裏側にあるのは不安なんですよね。自分に対する自信がないこと。

 

今いる職場はものすごくプレッシャーがかかりますから、それによる不安がパワハラに出てるのかなって最初私も思ったんですけど。なんかこの人の場合は違いそうだなって。

 

というのも物を言う時にも明らかに自信満々なんですよね。実際頭もそれなりにキレるし、聞こえてきた話によると、学歴も相当なものです。

 

なんでも尊大型のASDには論理的で高学歴な人が多いんだとか。

 

それでいて相手の感情を読むことが出来ないために「なんで俺みたいに考えられないんだ!?」っていう自分の意見を押し付けがちになるとのことなのです。

 

もう、これじゃん。

 

って私すごくピンと来たんですよね。

 

実際発達障害の人って優秀な人多いんですよ。イーロン・マスクしかり。

イーロン・マスクASDを公表しています)

 

ちなみになんで発達系の人が評価されるかっていうと,普通の人がブレーキ踏むところでアクセル踏めちゃうからなんですよね。

 

ただ、数字を追い求めることが第一になって,人の感情を考えるのが苦手ですから。ツイッターで何人も解雇するなんて普通の人だったら出来ないことをイーロン・マスクは出来てしまうわけです。

 

なんだかそう考えたらちょっと見え方変わるなって。

 

それならそうで、発達障害に対応した対応を取ればいいんだって思ったんですよ。

 

ネットで色々検索してて,望むことを書いてありそうなちらの本を買って読んでみました。

 

 

この本から学んだことを次回はまとめていきたいと思います。

 

読んでいただきありがとうございました!

 

 

リスペクトする教師になるために。

先日この本の紹介をしたんですけど。

ここにあるように、相手に対する敬意こそが教員として最も大切なものであるって私も思うんですよね。

 

そしてそれを実現するための方法として、この本の中では、


「子ども達の呼び方を変える」

 

っていうのが挙げられているわけです。

 

つまり、

 

「おい、田中ふざけんな」

 

は言いやすいけど、

 

「おい、田中さん、ふざけんな」

 

とは言いにくいですよね。さんをつけただけで文がチグハグになって来て、強く言えなくなる。

 

そんな風に当たり前に呼んでいる子ども達の呼び方をまずは変えてみてはどうかという提案がされている訳なんですね。

 

ちなみに私が以前出会った指導者の中に試合中も「〇〇さん、もっと前!」とさん付けで呼んでいる人がいました。

 

当時の私はその事に違和感を感じましたけど、今みたいにやたらクレームが多い世の中になってくると、そういう言い方の方が良いのかもなって思います。

 

少なからず、そうやって子どもに丁寧に対応している人はクレームが来にくいでしょうし。

 

あと、私自身最近とにかく意識しているのが、

 

同僚への敬語

 

です。

 

私はこれまで敬語というのはどこか相手との距離感を感じるところがあり、許してくれそうな人には積極的にタメ口を聞いていくという超絶生意気スタイルをとっていた訳です。

 

しかしながら、今の学校においてあまりにもそれが通じない。

 

というかそれぞれ自分が正しいと信じて疑わない人達ばかりですから、話が通らない事が多いんです。意見出しても簡単に潰されてしまいます。

 

また小規模校のようにコミュニケーションの中で自分のキャラクターを知ってもらう様なチャンスも極めて少ない。

 

そうなると、少ない会話からどんな奴かが判断される訳で。丁寧に接しておいた方が話が進むんですよ。

 

なので最近では、歳下にも必ず敬語ですし、話かけられたら手を止めて、すぐに椅子を立って、ちゃんと相手の話を聞く様にしています。

 

(以前は話が面白くない人の話は大抵無視して仕事してましたけどね笑)

 

話を通すためにも敵は少ない方がいいんですよ。

 

そしてこれやってみて気づいたんですけど、自分のメンタルの安定に繋がってる気がします。

 

多分ですけど、これは丁寧に話すためには、今この場に集中する必要があるからだと思います。

 

例えばこれまでだったら、

 

「それめっちゃウケますね〜、超面白そうっす」

 

と何となく言っていた文も、

 

「それは面白そうですね。私も興味あります」

 

と言い換えないといけず、自然には出てこない言葉なので言葉選びに集中する必要があります。

 

そこにマインドフルネス的な効果がある様な気がするんですよね(あくまで私見です)

 

 

何よりですね、丁寧な言葉に囲まれてると心がささくれ立たないんですよ。

 

うちの職場はパワハラがあって、上司からの部下に対する悪口が頻繁に職場にありますから。それ聞いてるとこっちまでイライラしてくるんですよね。

 

 

なのでね、なんかちょっと職場で上手くいかないなっていう時は言葉遣いから変えてみてはどうかっていう話でした。

 

誰かの参考になれば幸いです。

 

読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

 

良い教師は子どもと共に笑い、ダメな教師は子どもを笑う。

最近読んだこちらの本の紹介です。

 

こちらはですね、多くの教室で

 

マルトリートメント=不適切なかかわり

 

がされている。

 

という話なんですね。

 

虐待とか体罰まではいかないまでも教員による不適切な指導があるのではないかという問題提起です。

 

例えば最近話題になった職員室の中での子ども達への悪口であったり。(あの音声データが流出したやつです)

 

他にも「さよなら」「バイバイ」と言ったような見捨てるような子どもへの声がけであったり。

 

「誰に向かってそんな口の聞き方してるんだ?」みたいな高圧的なものの言い方であったり。

 

そういう事例をいくつか書いており、教員間のパワハラについても言及した一冊になっています。

 

これ管理職が全体に勧めていたので読んだんですけど、なるほどなって。

 

ようはうちの職場は職員間のマルトリートメント(パワハラ)が横行してますから、それに対する警告なんだなって思いましたね。

 

そしてそれを読むべき人は読まないっていう。笑

 

なのでね、私が思うマルトリートメントを減らす1番の方法は、やっぱり本を読んだりして勉強し続けるって事なんですよね。

 

学び続ける人だけが教える資格があるんですよ。

 

不適切な指導をしてしまう人は、結局指導する場面において、選択肢が少ないならそうなってしまうわけです。

 

私自身、恥ずかしながらスポーツの指導の時にあまりに選手が集中をかいた時には「もう俺は帰る」と怒った事が以前ありました。

 

今思うとそういう選択肢しか自分の中に無かったんだなって。指導技術が未熟なんですよ。

 

例えばそういう時に、やる気になるような話をしたり、目標になる選手に合わせたり、チームで話し合わせたり。

 

アプローチの手段はいくらでもあるけど、本人がその事に気づいてないんですよね。今の子達にどういうアプローチが入るのかを模索してないとダメなわけです。

 

あと、やっぱり根本的に

 

子どもを尊敬できない人

 

はダメですね。

 

これはもう根本だと思います。子どもを1人の人間としてリスペクトしているかどうか。そして、同じ職場で働く職員をリスペクトしているかどうか。

 

どれだけ能力が高くても、ここを欠いている良い教員を私は見た事がありません。

 

やっぱり自分のこと信じてくれる人を信じるし,尊敬してくれる人を尊敬しますよ。

 

タイトルは本書でも紹介されているイギリスの教育学者であるニイルの言葉ですが、全てがこの言葉に集約されている気がします。

 

さて、私はマルトリートメントしていないだろうか。

 

そうやって自分を見直すためにも価値ある一冊だと感じました。興味のある方是非どうぞ。

 

読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

学校のフリーアドレス。

すいません、更新できてない上に記事を色々と消したりしてまして。

 

なんせリサーチ力がやたら高い人達相手にしてるので、見つかったら中々大変な事になりそうなのです。常にハラハラしてるんですよね。今後も不定期で書こうとかなと思っております。どうぞお付き合いください。

 

最近私が面白そうだなって思ったのがフリーアドレスっていう話なんですよ。

 

企業とかで流行り始めてるいわゆる

 

座席を決めない

 

働き方ですね。

 

これによって社内の新しい人間関係が生まれて生産性が上がると。またコロナの影響でリモートの会社も増えてますから、スペースの有効活用ができるみたいなんですね。

 

これ聞いた時、私めっちゃいいなって思ったんですよ。

 

というのも私の職場はパワハラが蔓延してましてね。さらに運の悪い事にそのパワハラ野郎の直線上に私が居るんですよね。もう一番人間の視力を発揮できるとこに居るのが私なんですよ。

 

だからフリーアドレス導入されたら毎日死角を考えながら席取ってやろうと思いましてね。(もうやってる事がライオンに怯えるシマウマですよね。)

 

他にもどうしても教員て「自分の見てる子」にしか関心がいかなくて、他の学年の子達への関心が薄くなったりします。だからフリーアドレスというのはそういう意味でも新しいコミュニケーションが生まれて効果ありそうだなって思ったんですよ。

 

ただ実際には自分のデスクをめちゃくちゃカスタムしてる人も居ますし、何より個人情報の取り扱いが非常に多い仕事ですからね。

 

席の自由度が高まる事によって新たな問題が生まれる事も考えられます。職員室のフリーアドレス実現のためには越えなきゃいけないハードルがかなり高いのかもなって。

 

ただ同時に「教室のフリーアドレス」はどうなんだろうとも考えたんですよ。

 

これもいじめのないクラスだったらアリなんじゃないかなって。

 

ちなみに私が見てる子達には遅刻が多いんですけど、遅刻するような手の掛かる子たちは必然的に座席が前になるわけで。

 

さらに常に移動しないといけないからプリントとかを引き出しに入れっぱなしにしてブラックボックスにしてしまう事が出来なくなります。

 

個人のロッカーはあるわけですし、大学の授業とかはそれで回っているので実現は可能なんじゃないかなって思ったんですよね。

 

まぁもう少しクラスが成熟してきたらこういうのも取り入れて見ようかなと思います。備忘録として書いておきますね。

 

読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

公立普通校の生き残る道。

今の学校に赴任した時の話なんですけど。

 

今よりコロナがずっと落ち着いていたこともあって、初めて歓迎会的な少人数の職場の飲み会があったんですよ。

 

飲み会ってオフィシャルではないけど重要な話が聞ける結構大事な場なので、私も喜んで参加したんですけど。

 

驚いたことにこの時の会場が

 

すぐ近くの居酒屋

 

だったんですよね。

 

職場から歩いて2分くらい。

 

こんなんこれまでありえないんですよ。

 

なぜなら

 

話が漏れたら大変だから

 

です。

 

下手したらその居酒屋で保護者が働いてるかもしれません。そこからクレームにつながる可能性もありますから、こういう店選びってちょっと気を使うんですよね。

 

だから、なんでこんなにも近くで飲むのか。

 

まさかこの学校でそんなリスク管理甘いことなんてするのかってちょっと心配だったんですけど。

 

会が始まってしばらくしてから気づいたんですね。

 

あ、うちの学校は、

 

 

地域がない

 

 

んだなって。だからOKなんだなって。

 

うちの学校はみんな県内から電車とか新幹線使って通ってますから。

 

だから学校のすぐ近くで飲んでも、誰もその子供の事なんて知らないし、言うなれば県内のどこで飲んでもリスクは同じなんですね。

 

そうなると、話が漏れてクレームに繋がる可能性は極めて低いですから、逆に職員が集まりやすい職場近くで飲み会が設定されるわけですね。

 

(それでもさすがに聞かれてまずい話まではしませんけどね)

 

そして今の職場にいると、「地域がない」ということを結構強く思わされるんですね。

 

 

そして、同時に、

 

 

地域とのつながりこそが普通の公立校の生き残る道

 

かもしれないと思ったんですよ。

 

スポーツにしても、勉強にしても、独自に環境を整えて教員を集めることができる私立にはなかなか勝てないというのが正直なところでしょう。

 

でも、地域とのつながりの強さこそが、普通公立校の大きなアドバンテージだと思ったんですよね。

 

教員にとっていわば顧客である生徒と保護者がすぐに会える地域にいて、顔を頻繁に合わせることができるって凄いメリットだなって。

 

顔合わせてて、交流あるだけでクレームつけにくいですから。

 

 

(保険とかもそうですけど、親戚から勧められて入ったものほど断りづらいですよね。日頃の人の付き合いというのは、それほど人間にとって重要なのです)

 

ちなみにうちの学校の場合、保護者は学校にクレームがあっても、我慢して我慢して、それでもダメなら法廷で会いましょうって言うレベルですからね。

 

これが日頃から顔合わせてる関係性だとちょっとそのリスクが減るんですよ。

 

また地域に協力者がいれば、今問題になっている部活動の顧問の負担問題も解決しやすくなりますし、地域の活性化や生徒の職業観といったキャリア教育につながる可能性もあります。

 

ちなみにここ最近学校教育のトレンドっていうのは、校則とかこれまで当たり前とされてきた学校の風習をやめることにトレンドがあったんですよ。

 

 

でも今後は、

 

学校を通じた地域コミュニティの再生ができるか

 

っていうのが一つのキーワードだと思ってるんですね。

 

 

日本はアフリカより子育てしづらいってabematvでやってるぐらい、他の家の子どもの教育に無関心なのが日本なんですよ。

 

あとこのことに文科省はかなり早くから気づいていて、コミュニティースクールっていう言葉を打ち出して、各校が地域と繋がるように指示を出してるんですけど。

 

でも現代人て忙しいから、みんなあんまり関わりたくないっていう実態があるんですよね。

 

色んな実践見ていても、あんまり目新しいものがない。

 

というか、元々学校って地域と共にあるものだったんですよね。しかしながら、一旦失われた地域の教育力を取り戻した事例なんていうのはほとんど見たことがないんですね。

 

(今地域の教育力の強さが見られるのは、ほとんど田舎の昔ながらの地盤があるところです)

 

 

なのでこの辺抜け出した所が次のラビット(ペースメーカー的な存在のこと)になるんじゃないかと思っています。

 

 

ちなみに今の学校でそれを実現するとしたら、もはやメタバースの世界なんじゃないかと私は思っていますけどね。

 

 

誰かの参考になれば幸いです。

 

読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

【レビュー」おいしいごはんが食べられますように

さて,最近読んだ本の紹介です。

今回呼んだのはこちらの「おいしいごはんが食べられますように」。

 

芥川賞受賞作ということで,気になっていたので読んでみました。

 

あらすじとしては,二谷という男性と,あんまり仕事出来ないけど料理上手な女性の芦川さん。さらにはチアをやっている頑張り屋さんの押尾という女性が同じ職場で働いてまして。

 

この3人の関係性を食べ物を通して書いた一冊になっております。

 

あんまり書くとネタバレになってしまうんですけど,まずこの3人の関係性がなかなか見ごたえがありました。最後まで「この男はどっちに転ぶんだろう?」っていうワクワク感がありますね。

 

そして読む前の私はタイトルだけ見て料理の描写がやたらおいしそうな小説を予想していたんですけど。

 

それをいい意味ですごく裏切って来ましたね。

 

というのも,

 

 

あんまり料理が旨そうじゃない

 

んですよ。これ新しいなって思いました。

 

それは主人公の二谷が一貫して料理に対して冷めてるからでしょうし,作者もそれを狙って書いてるからでしょうね。

 

芦川さんが作る料理に対して二谷はずっと冷めてるし,美味しさを想像させないような描写であえて書いています。

 

作中でも書かれていますが,「味わいの受け取り方もそれぞれ違う」わけで。みんなで美味しいを共有する必要なんてないんじゃない?っていうすごく冷めたテーゼが作中に込められているんですよ。

 

そしてそんなシニカルなキャラクターの設定が,主人公の二谷だけでなく,芦川や押尾さんや支店長補佐の藤さんにもちりばめられていて。物語が終わった後もこの人たちはどうなっていくんだろうというハラハラ感がありました。

 

なんというか,「食べる」ってかなり人間らしい行為じゃないですか。そこにいやらしさもあるというか。(ほらよく性行為に対しても食べちゃうとかいうじゃないですか)

 

 

そんな「食べることのやらしさ」みたいなところを追究した新しい小説だなと思いました。

 

なんにせよ,食を通した微妙な人間関係は共感できるところもあり,また展開が気になるところもありで見ごたえ十分です。

 

なかなか面白い小説だったように思います。気になっていた方いましたら是非どうぞ。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

 

できる人ができる人でいられるわけ。

今の自分の職場の話なんですけど,ガジェットとか洋服とかにこだわってる先生が多いんですよね。

 

最初に見たときにほとんどの人がこういうパソコンスタンド使って外付けのキーボードもちこんで仕事してたんでちょっと驚いたんですよ。

私これ前の職場で使ってたら「意識高いねぇ~」ってちょっと小ばかにされてましたからね。それが今のところだとみんな当たり前に使ってる。

 

あとトラックボールタイプのマウスね。

なんかしらんけど,こういうの人気ですね。

 

あと今年の夏はネッククーラー使ってる人も多かったですね。

服装に関していえば,男性でもラコステとかラルフローレンとか嫌味じゃないブランドのシャツを仕事着として使ってる人もいて,恰好良いなって思うんですけど。

 

一番はやっぱりスーツの着こなし方が違う。

 

なんというか,やっぱり出来る人ほど,

 

ビシッッッッ!!!!!!!!

 

とした着方してますよ。隙がないっていうかね。(サイジングとか,自分の体型とのフィット感にこだわってるんでしょうね。)

 

結局仕事出来る人ってなんでそうなるかっていうと,

 

情報に対する感度の高さ

 

があるからなんですよね。

 

色んな所にアンテナはってる。ガジェットの進化とか,スーツのサイジングとか。

 

そして自分にとってプラスになるものはすぐに取り入れるスピード感がある。だから仕事できるんですよ。

 

優秀かどうかって相対的なものですから,この辺の感覚がちょっと他の人より優れてる人がやっぱりできる人になるんだなって思いましたよね。

 

なので私も常にアンテナはって新しいこと取り入れていかんとなと思いましてね。

 

とりあえずファミマで靴下買いました。(←いや今さらか)

コンビニエンスウェア|商品情報|ファミリーマート

 

22日まで三足1000円なのでお勧めです。

 

コンビニで靴下買う時代が来ましたね。

 

過去最高に仕事に行きたくないですけど,お盆明けも新しい靴下履いて頑張ります。

 

読んでいただき,ありがとうございました。