あそこで熊が踊ってる。

三十路男の書く日々の徒然。

大人の大事さ。

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ボスから最近、「三年生の自己披露を見なさい」っていう指令が出たんですよ。

 

前もちょっと書いたんですけど、自己披露っていうのは自分の特技とかをみんなの前で披露する時間ですね。

 

 

suno200002000.hatenablog.com

 

三年生は卒業間近ってこともあってボスが一番直接手をかけてる学年であるんですけど。

 

その三年生の自己披露を後輩が見ることになったんですけど、これに驚かされた訳です。

 

まず演者として出てくる子がどちらかというとおとなしい子とか適応が難しい子なんですよ。

 

その子達が外で習ってたりするパフォーマンスをみんなの前でする訳ですね。

 

このパフォーマンスがすごい。

 

日頃おとなしい子がプロ顔負けのダンスを踊ってみたり。

 

教室に入りにくい子が歌を披露したり。

 

ある子は不登校で大人に対してすごい不信感をもっていて、存在すら他の子に知られたくないから隠して欲しいっていう子だったんですけど。

 

でも、ボスはその子を校長室によんで特技のマジックを披露させるところから始めて。

 

次は利害関係の無い給食のおばちゃんとかにマジックを披露していき。

 

少しずつ段階をあげていって最終的に今日その子は、

 

大勢の後輩達の前でマジックを披露したんですね。

 

私それを見てちょっと涙出そうになりましたからね。(正直ちょっと涙出てましたね)

 

そして司会を務める三年生も全力で拍手したりボケたりして場を盛り上げる。

 

なんてすごいことやってるんだろうって思いました。

 

そして実はこの三年生達っていうのは、小学校の頃から手がかかる子達として申し送りが来ている子達だったんですね。

 

その子達が溌剌とした顔でパフォーマンスをし,失敗したところを全力で悔しがっている。

 

その姿を見て、私は

 

関わる大人の大事さ

 

を感じずにはいられませんでした。

 

もしボスがここに来ていなかったら、本当に引きこもったままの人生になっていたかもしれない子が今目の前で生き生きとパフォーマンスをしているわけですから。

 

そしてそれを段階的に積み上げるボスの学校経営の手腕に私はもうひたすら関心するばかりでした。

 

最近ボスから借りた特別支援教育について書かれた本には

 

「発達に課題を抱える子たちへの接し方は短所を長所で補うことが大事」

 

って書いてあったんですけど。まさしくそれを体現していましたね。

 

子どもって関わる大人で変われるんですよね。

 

私は常日頃から子どもは環境さえ整えば勝手に伸びると思っているわけなんですが,教員というのもその環境の一つとして非常に重要な一つであると再認識させられました。

 

この領域にまでなるにはもっと勉強しなくちゃいけないな…と思った次第です。

 

まぁ頑張りますわ。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

 

 

理想の学校。

うちのボスを見ていると明確に「自分の作りたい理想の学校」があるんですよ。

 

生徒指導とか,行事とか色んなことに対して現状でこれがベストという答えを持っていて。そこを目指して作り上げていくイメージ。

 

だからはじめに理想ありきなんだなと思ったわけです。

 

そこから「そもそも私はどんな学校が理想なのか?」をちょっと考えてみたので書いてみますね。

 

私の理想は簡単に言うと公立校でもエリート層の家庭が進んで入れたいと思うような学校です。

 

なんか今特に東京とかだとお金ある家庭は特色ある私立にどんどん入れて「公立は無いよね」みたいな空気あるじゃないですか。それでどうやって子ども達は多様性を学ぶんだよって思うんですよ。

 

だから公立でも教育的な意識の高い家庭が進んで入れたいと思うような学校がいいなと。

 

恵まれた家庭もそうでない家庭もお互いの姿から学べるような学校にしたいですよね。

 

じゃあ何やるのかって話なんですけど。

 

(現実的でないものもありますが,あくまで理想ですからご容赦ください。)

 英語教育の充実

まず英語教育の充実ですね。

 

これから世界で通じる生徒を育てるためにも「点数が取れる英語」じゃなくて「話せる英語」の習得を目指します。

 

そのためにもまず英語教師は全員外国人にしますね。

 

これ私の経験からもそうなんですけど,日本の英語教育ってあれだけ時間かけて喋れるようにならないじゃないですか。

 

協力隊って2か月で中学校3年分の授業数で外国人講師から言語学んで海外行くんですけど,数か月現地で暮らせばまぁある程度のことは伝えられるようにはなってくるんですよ。

 

 

それは「日本語で話しても伝わらない」っていう状況が何より効果的だと思ったわけです。

 

だから日ごろから英語で言わないと伝わらないっていう状況を作ってしまうことが必要だと思うんですよ。

 

あと職員にとっても外国人が職場にいるって勉強になると思うんですよ。努力しないとコミュニケーション取れないから。

 

他にも日本語を勉強したい英語圏の子ども達とタブレットとかで交流すれば,少なからず今より生きた英語になって来るのかなと思うわけです。

アート教育

そして教育活動の中核は「アート」です。

 

 この本にもありますけど,答えのない今のような世界では「自分なりの答え」を出すしかない。

 

アートはその「自分なりの答え」を出す上で最適なものだといえます。

 

だからアート教育に力を入れることで美意識の向上を目指したいなと。

 

芸術鑑賞みたいなものを頻繁にやったり,専門家にアート指導してもらう時間が計画的に確保されていて,生徒たちの作品が校舎のいたるところに飾られているような学校がいいですね。

 

例えば私は「習字」っていうアートは素晴らしいと思うんですよ。日本特有だし,他の国が奪いようがない。文字だから誰でも参加できるアートじゃないですか。

 

でも日本の習字教育って「いかにお手本に近いか」ってところで終わってる気がしてアートの域までになってない気がします。そういうところを引き上げたいですよね。

 

とりあえず、校舎を歩いて回った時にそんなアートのセンスを感じられる学校がいいなって思います。

 

そして,これにはもちろん教員自身の美意識が問われますね。

充実した校舎

これが一番大事なんですけど。

 

私環境さえ与えれば子供達は勝手に力を伸ばすと思うんですね。

 

だから,校舎がしっかりしていて子ども達が自由に使っていいスペースがあれば勝手に伸びていくと思うんですよ。

 

まずアートやりたいので校舎にはアトリエがあって。

 

そこには3Dプリンターやら何やらが整っていて自由にアート活動が出来ると。 

 

勿論集中してやりたい子用の個別学習スペースやあらゆるジャンルの本をそろえた図書室も完備です。

 

他にも教科ごとの部屋があって。生徒達はそこを回るイメージです。

 

教科ごとの特性を生かした掲示が出来るので,生徒たちは振り返りがしやすくもなりますし,英語教室に行った際には全員が外国人なので明日の予定を聞くのも一苦労です笑

 

ホームルーム用の教室はソファーやら,個別スペースやらでリビング的な雰囲気で。

 

子ども達は一番学習に適すると思う形を考えて学習に取り組みます。

 

そうやって形から変えてしまったらもう従来の一方的な授業なんて自然と無くなると思うんですね。

給食は玄米

 あとですね,個人的に給食は玄米にしたい。

 

玄米良いですよ。血糖値上がりにくいし,集中力も上がる。

 

でも,みんな嫌がるんですよ。

 

なぜなら子どもの頃から白米食べてるから。

 

白米を食べ続けている人にとっては,どうしても食べにくいんですよね。

 

でも糖ってマイルドドラッグと言われるぐらい中毒性が高いんですよね。白米だけでなく結構そういった甘いものが給食に出たりするので私これってちょっと問題なんじゃないかって思う時があるんですよ。

 

だからもう少しその辺のことを考えた給食になればもっと子ども達の能力も伸びると思うのです。

瞑想

 あと瞑想。

 

これはもう効果が疑いようがないですから,教育に取り入れない理由がないです。

 

授業前は瞑想。

 

あと朝の会はサークルになって瞑想,それから一日の確認。

 

そうやってストレスの多い子ども達を少しでも癒し,集中力をあげたいですね。

部活はサークルとクラブに分ける

 あとこれなんですけど,やっぱり体作りは大事です。

 

でも、今の日本の部活は二つの観点から問題があります。

 

それが,

 

①教員の労働問題

②競技スポーツなのか生涯スポーツなのか

 

です。

 

まず①は言わずもがなですが,休日も丸一日見ても2000円程度しか手当てがでず,毎日のように残業が行われる部活は労働として見たときに明らかに問題があります。

 

また②についてもそうで,競技力の向上させたい子と楽しむことに重きを置いている子が一緒になってしまっている点も問題があります。

 

なので基本的にはサークル活動を学校は保障し,それは定時までで終了。

 

それでは物足りない本気でやりたい子は地域のクラブにつないで本気でやるといったイメージです。

 

これで①も②も解消すると思うのですが,どうなんでしょうね。

 

現状では素人の教員が競技を教えて大変な思いをしているところもあります。生徒にとっても経験者から教えてもらえた方がいいと思うので,これの方がいいのではないかと。

掃除は変えない 

ツイッターとかだと「掃除はルンバでいい」とか書いてる人いるんですけど,私は全くそうは思わない。むしろ掃除こそ日本の教育として残さなければならないと思っています。

 

というのも現代では「非認知スキル」といった力が学力よりも重要だとされています。

 

これは「最後までやり遂げる」だったり「責任感」だったり「協力する姿勢」といった数値化しにくい能力のことですね。

 

私,掃除はこれらの能力が全て問われると思うんですよ。 

 

他者と協力しないと大きい校舎は掃除出来ません。そこにコミュニケーションや責任感が必要になってくるわけですね。

 

これ間違いなく言えますけど,掃除やらない子は人間的に成熟してないですよ。

 

だからまぁこれはきっちりやってもらいたいですね。

 教科

最後に教科の話なんですけど。

 

私はやっぱり物事の考える基礎としての教養は絶対必要だと思うんですね。

 

なので基本的には学習指導要領にのっとる形で,今の「主体的で対話的な深い学び」を目指す授業でいいんじゃないかと思うんですけど。

 

ただ普通に書くと魅力出なそうなので「充実したリベラルアーツ」とか書いとくかもしれませんね。笑

 

あと総合をきっちりやる。

 

子ども達が興味のあるジャンルを設定してしっかり追求する。

 

教員側も伴走するスキルが求められますね。

教員の研修の充実

最後に何ですけど,私は基本的に子ども達は環境さえ与えれば勝手に伸びると思うんですよ。

 

そして時に子ども達は大人の知識を超えて探求しようとするわけですね。そこに寄り添えるかどうかには教員の力量が必要です。

 

だからもっと教員が研修しないといけないと思うんですよね。

 

それこそ教員がアートを見てどう読み取ったかとか,文学を読んでどう解釈したかを共有し合う。

 

もっというと一つのテーマを設けて教員がアート作成に取り組んでもいいと思います。

 

先生達こそそういう授業を受けるべきだと思うんですよ。

 

教員が「自分なりの答え」を出そうとしていない限り、子ども達もそういう人間にはならないと思うんですね。

 

そしてそういう魅力的な先生が多ければ自然と子ども達も「先生って面白そう」って思って、また教員採用試験の倍率とか戻って来るんじゃないかと思っている次第です。

 

皆さんはどんな「理想の学校」をお考えでしょうか。

 

よろしければコメント欄にご意見いただければ幸いです。

 

読んでいただき,ありがとうございました!

訂正とお詫び。

先日の記事について私は「あっちゃんはハンターハンターぐらいしか本を読まない」と書きましたが,本人より

 

宇宙兄弟も読んでる」

 

と連絡が来ましたので,この場を借りて訂正させていただきます。

 

正しくは

 

ハンターハンター宇宙兄弟しか読まない」

 

でした。訂正してお詫びします。大変失礼いたしました。

 

また先日のアイロン事件については

 

「一番やったらあかんことやってる」

 

「正しいことを言うことが正しいと思っている人間が一番愚か」

 

「そりゃ悪手だろ。蟻んコ」

 

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 というコメントをいただき,きっちりとハンターハンターしか読んでないというフリを回収していかれた次第です。

 

貴重なご意見誠にありがとうございました。

ディベート思考

友人にあっちゃんて人がいまして。

 

あっちゃんは高校の同級生で。

 

本はハンターハンターぐらいしか読まないような男なんですけど。

 

でも、とりあえず私の知る中で一番地頭が良い男なんですよね。(腹立ちますね)

 

そんな彼と年末あたりからよくオンライン飲みしてまして。

 

このブログも読んでくれてるんですけど、こう言われたわけです。

 

「奥さんの尻に敷かれすぎ」

 

「たまにはガツンと言ったら?」

 

私はそのオンライン飲みをクローゼットの中でしてたんですけど。

 

(音漏れによって怒られるのを防ぐためです)

 

「なるほど確かに私は引きすぎているかもな…」

 

と、そう思ったわけです。

 

そんなあっちゃんとオンライン飲みした次の日の朝の話なんですけど。

 

妻が私にものすごく言ってくるわけです。

 

「なぜアイロンを出しっぱなしにしているのか」

 

と。

 

つまり、私がクローゼットの中でオンライン飲みをしているために妻はリビングで使っていたアイロンを片付けられなかった。

 

朝起きてきた際に、なぜ片付けてないんだと言われたわけですね。

 

まぁ私が悪いのは分かるんですけど、「そんなに言う?」ってぐらい言われるわけですね。

 

いつもなら私も謝って引き下がるんですけど、ちょっと昨日のこともあってガツンと言ってやろうって気になってましてね。

 

そこでこの前読んだ本を思い出しました。

 

武器としての決断思考 (星海社新書)

武器としての決断思考 (星海社新書)

  • 作者:瀧本 哲史
  • 発売日: 2011/09/22
  • メディア: 新書
 

この本にあるようにディベート的に反論してやろうと思ったわけです。

 

 

つまりこの場合、

 

「アイロンを出しっぱしにすると危ない」

 

というアイロンを出しておくことのデメリットに反論するわけですね。

 

このようなデメリットに反論する際は以下の3観点から論を考えます。

 

『発生過程』…新たな問題が生じるのか。

 

『深刻性』…問題が大した問題ではないのではないか。

 

『固有性』…重要な問題でもすでに生じているのではないか。

 

これを今回のケースに当てはめて、私は反論したわけです。

 

「そもそも本当に危険なのか?」

 

「注意すれば済むのになぜそんなに感情的にいう必要があるのか」(発生過程)

 

「仮にもし遊んだとしても、コードは抜けているわけだし、我が家のコンセントには全てカバーがしてある。重大なことになるとは考えにくい」(深刻性)

 

「例えば我が家には他にもテーブルだったり、おもちゃだったりが置いてある。ものが置かれているという状況はすでに起こっているのではないか」

「アイロンのみが重大な事故を引き起こすとは考えにくい」(固有性)

 

こう冷静に指摘したんですけど。

 

結果的に

 

過去最高に怒りを買った

 

んですよね。

 

まぁ詳細は書きませんが、過去最高を更新しました。ここ最近の株価ぐらい急騰しましたね。

 

やっぱりこの対応はよろしくなかったんでしょうかね。

 

その件についてはまた今度あっちゃんに聞いてみようかなと思います。笑

 

本日も読んで頂きありがとうございました。

 

 

原液に触れさせる。

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最近色んな事で「原液に触れる」って大事だなと思ったんですよ。

 

なんというか人を介すほどに物事って薄まるんですね。

 

例えばファッションの世界だと、トップに各ブランドのショーっていう原液があって。

 

オシャレな人はそれを見て、「来年はアレが流行るのね」「日常だとあの着こなしが出来そう」って解釈して洋服を選ぶ訳です。

 

そして私のように非オシャレな人は「そのオシャレな人の真似」をして一段階薄まった格好をするわけです。

 

薄いカルピスがうまくないように、そういうのはなんか同じような格好をしていてもイマイチに見えてしまうんですよね。

 

そして、そうやってどんどん広まりながら薄まっていって、大衆に広まる際にはもう原液の世界観みたいなものってほぼ無くなってるんですよ。

 

本もそうで、私は仕事柄本で読んだことを子ども達に伝えたりするんですけど。

 

これもどうしても薄まるわけです。よくて伝えたいことの6割ぐらいしか伝わって無い。

 

よって

 

「本人にその本を読んでもらう」

 

これが一番濃いわけですね。

 

なので最近は読んだ本を随時教室に置くようにしました。

 

そんな考えもあって、最近生徒会の生徒を他校に派遣したんですよ。

 

そこは震災の被災校で、その爪痕が展示として残っていたり、子ども達が震災の教訓を風化させないように一生懸命活動している所なんですね。

 

震災から10年が経ちますが、震災について考える際にその原液に触れてほしいと思ったわけです。

 

その学校に子ども達をいれて他校の生徒と震災についてディスカッションしたり、講話を聞いて来たりしたんですけど。

 

これがめちゃくちゃ教育効果高いと思ったんですよね。

 

もう連れて行っただけでどんどん自分達で考え始めているというか。

 

これがいくらこちらから、

 

「いつ地震が起きても良いように準備しておきましょうね」

 

地震の時にはこう動くべきだよね」

 

なんて話をするよりも遥かに自分ごととして考えている子ども達の姿がありました。

 

これも原液の力かなと思いましたね。

 

まぁ今日何が言いたいかっていうと、「原液」って大事だよね、ってことなんですけど。

 

そして同時に薄まったものが世の中に溢れてるんですよね。

 

YouTubeの解説動画とか、本の要約ブログとか。(このブログもそういうことやってるんですけど笑)

 

まぁ、私自身も原液に触れないといけないし、子ども達も触れさせなきゃいけないなと強く思った次第です。

 

皆様の参考になれば幸いです。

 

本日も読んで頂き、ありがとうございました!

 

 

最近買ったものの話。

多分誰も興味ないと思うんですけど,最近私が買ったものの紹介です。

 

まず,「ノーズッパッド」なんですけど。

これ眼鏡をかける全ての人にお勧めしたいんですけど,ノーズパッドってめっちゃ便利ですよ。

 

メガネって落ちてくるとものすごくだらしなく見えるんですね。

 

それに私はスポーツ中も眼鏡かけてるんですけど,ズレないっていうのが本当に楽。

 

別にこれでなくてもいいと思うんですけど,貼り付けるだけっていう気楽さから購入しました。

 

ちなみに100均のでも試したことあるんですけど,あんまり安いのだとすぐはがれちゃったり,ねちょねちょしたり,痛かったりしてストレスが増大するのであんまりおすすめしません。

 

でも,とりあえずノーズパッドを使ってないって人は自分が気に入ったものを買ってみることをマジでおすすめします。

 

item.rakuten.co.jp

 

次はこちら。

 

マッキントッシュフィロソフィー」ってブランドのレインブーツなんですけど。

 

brandavenue.rakuten.co.jp


これもっと早く買えば良かったですね。

 

今年雪多いじゃないですか。そういう時に履ける靴が欲しくて買ったんですけど。

 

結構みんな雪の上でもスニーカー履いたりもしくは長靴履いてますよね。ノースフェイスのブーツとかもあるんですけど,どうしてもぼてっとした感じがあるんですよね。

 

 

このブーツはその点ノーズのシュッとした感じがいいんですよ。合皮だからケアも気にしなくていいし,どんな服にも合うし。それに合皮なんだけど風合いが安っぽくないんですよ。

 

梅雨の時期とかスーツに履いても全然おかしくないと思いますね。おすすめです。

 

 

ラストはユニクロです。

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ストレッチダブルフェイスジャケット。

 

こちらレディースなんですけど。超絶いいです。

 


【最近、何買いました?】新作ユニクロ2021年春夏を初買い

 

リッキーさんていう北欧の神様みたいな風貌の方が今YOUTUBEやってらっしゃいまして。

 

(この人おじさんなのに超かっこいいんですよ。いや,マジで)

 

その人が動画の中で紹介しているの見て,即セットアップで購入した次第です。

 

ノーカラー(襟がない)のジャケットですから,ちょっとデザイン性がありますし,ストレッチ素材で着心地が柔らかい。

 

リラックスして洗えるあたりも今のコロナの時代にぴったりじゃないですか。

 

(レディースからこれ見つけるリッキーさん凄すぎます…)

 

Lサイズを購入したので,これにモックネックプルオーバーとかを合わせて春夏は仕事でガシガシ着ていきたいなと思います。

 

ということで最近買った3点についてご紹介してきました。

 

少しずつ日も長くなってきていますし,何着ようか考えたりするのも楽しいですね。

 

皆様の参考になれば幸いです。

 

本日も読んでいただきありがとうございました!

【レビュー】武器としての決断思考

すっかりハマっちゃって瀧本先生の本を買いあさって読んでるんですけど。

 

こちらも読んだのでレビューを書いてみます。

武器としての決断思考 (星海社 e-SHINSHO)

武器としての決断思考 (星海社 e-SHINSHO)

 

 

こちらは「決断」をテーマにして書かれた一冊。

 

就職するのか,転職するのかなど,世の中には決断を迫られる場面が多いわけですが,その決断をどう決定するのかを理論的に書かれています。

 

その方法として瀧本先生は

 

ディベートの思考を用いる

 

としており,頭の中でディベートのように討論を行うことによって最良の決断が出来るとしているわけです。

 

ディベートのようにメリットデメリットを出した上で、それに反論を出していく。そういう過程を踏むことでより納得できる選択を選べるというわけです。

 

多分もともと頭のいい人はこういうことを無意識にやっているんだと思うんですけど。

 

私のような一般人はそれが体系化されているのがすごく有難く,読んでみて損は無い一冊かなと思いました。

 

ちなみに私はこれによって「だまされない人になる」ことにもつながると思いました。

 

例えば

 

「パラサイトは超絶面白い」

 

「パラサイトは韓国映画だ」

 

「よって全ての韓国映画は超絶面白い」

 

という論が来たとします。

 

勿論そんな訳なくて,パラサイトは面白かったですけど,韓国映画にも駄作はあるはずですよね。これは過度な一般化だといえます。

 

このようにディベートの思考を用いて批判的に物事を考えることによってそんな世の中の真実にたどり着きやすくなるわけです。

  

ディベートのように批判的に見る事で物事のおかしさに気づけ、正しい決断ができるというのは特に現代のように情報が溢れている時代は特に大事かもしれません。

 

例えばダイエット広告にしてもそうで,よく

 

「これを食べて〇キロ痩せました!(効果は個人により差があります)」

 

みたいなのありますけど,その商品がどれだけダイエットに影響与えているかってかなり疑わしいですよね。

 

あれ,

 

絶対食事制限してますから

 

ね。運動もしてますよ,絶対。

 

その商品が与えている影響って実はかなり小さいと思うんですけど,みんな広告を鵜呑みにしてしまう。

 

だからこういう思考って世の中に出る上でかなり重要だと思うんですよね。

 

「じゃあ授業でもディベートをやったらいいのでは?」

 

とも思ったんですけど。私は授業ではディベートをやらないんですね。

 

というのも時間がかかるんですよ。論を出して,更にそこに反論を加えてとなると,反論するための資料が必要だったりするし,まるまる一時間かかる。

 

そもそも子ども達があんまりまだ成長していない段階だと成立しない手法だと思うんですね。

 

更に言うと私はディベートの「賛成か反対か立場を決められてしまう」というやり方が好きじゃないんですよ。

 

「君は原発賛成派として,君は原発反対派として意見を考えてください」

 

っていうのってなんかおかしくないですかね。

 

なんで自分が賛成派なのに,反対派の意見考えなきゃいけないんだろうって思っちゃうんですけど。

 

だからディベートの思考っていうのは物事の決定には非常に重要ではあるけれど, 発達段階とかにもよるのかなと思っております。

 

そんなことを考えさせられるよい一冊です。

 

次の読書に是非どうぞ。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

 

34歳の夜。

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どうもありがとうございます。

 

さて私も本日無事に34歳になりましたのでご報告させていただきます。

 

いやぁてっきり私は自分が「27クラブ」の一員だと思ってましたからね。

 

自分は太く短く生きて27ぐらいで死ぬんだとばかり思っていましたけど。

 

そんな私ももう34ですわ。20代の頃は思いもしなかったですけど,自分も年取るんだなって年々実感してますよね。

 

そんな今日の話なんですけど。

 

私出張だったのでちょっと早く帰れそうだったんですよ。だから夜は家族で私の誕生日会をやろうってなって。

 

仕事終わって,よし帰ろうと思ったら,

 

妻から,

 

「ケーキ買ってきて」

 

ってラインが入ったんですね。

 

「ん?俺の誕生日に自分でケーキ買うの?」

 

ってちょっと疑問だったんですけど。

 

まぁそれはいいじゃないですか。

 

そしたらさらに続けて,

 

「(子どもも食べれるように)アレルギーフリーのやつ買ってきて」

 

ってくるわけですね。

 

ん?そこまで要求する?

 

ってまた思ったんですけど。

 

でもまぁみんなで食べれた方がいいじゃないですか。だからここもぐっと飲みこんで。

 

近くでアレルギーフリーのケーキ売ってるところ検索して行ったんですよ。

 

そしたら,そのアレルギーフリーのケーキが「3日前までの予約」だったんですよね。

 

だからそのことを電話で妻に報告したわけですよ。

 

私「アレルギーフリーのケーキは予約制だって」

 

妻「え、、、。じゃあ,ショーケースに入ってるケーキ全部説明して」

 

私「全部?え、全部…?」

 

妻「その中から食べられそうなやつ選ぶから、いいから早くしてよ。」

 

私「…シュークリーム,ショートケーキ…,モンブランミルフィーユ…」

 

そんな風に私、

 

ショーケースの前でケーキの名称をぶつぶつ唱えるおじさん

 

になってましてね。この時点で結構恥ずかしいんですね。

 

更に,

 

妻「シュークリームは生クリームだけのとかないの?カスタードとか入ってる?」

 

私「カスタードも入ってる……」

 

妻「じゃあ食べられないじゃん。ねぇちゃんと説明して」

 

私「(めんどくせぇ…帰りてぇ…)」

 

もう私も超絶面倒になっちゃいましてね。

 

私「もういいから。写メ送るから,それで選んで」

 

そういって店員さんに断ってから写真撮ったんですよ。

 

でも,それ送ったら

 

「文字読めないからもっと近寄って何枚かとって」

 

って来るわけですね。ここもぐっとこらえて更に写真をパシャパシャ撮ったわけです。

 

だから私はもうはた目から見たら

 

ケーキが好きでめっちゃ写真撮ってるおじさん

 

みたいになっちゃってるんですね。

 

お前誕生日に何してくれるんだと。俺をケーキ好きおじさんにしてくれるんじゃないよってもう怒りがマックスになってきましてね。

 

しかも明らかに妻の口調がキレ気味なんですよ。なんでケーキ買って帰ろうとしてんのにこっちがキレられないといけないんだと。わしの誕生日やぞと。

 

めっちゃ腹立ってきてこれをどう表現しようか考えたんですけど。

 

そこで,

 

「もう絶対に自分の分のケーキは買って帰らない」

 

っていうケーキストライキを実行しようと思ったわけです。ハンガーストライキならぬケーキストライキですね。

 

自分の誕生日会のケーキを買いに来て自分のケーキを買わない。これこそが自分に出来る抵抗だと思ったわけですね。

 

何と言われようと私はケーキは絶対に食べないと。そう心に固く誓って家に帰ったんですよ。

 

そして家に帰ったらテーブルにパーティー料理は並んでるんですけど,なんだか家が雑然としているわけです。

 

この時点で妻の不機嫌の理由が分かりまして。

 

どうやら絶賛2歳児の我が子はなかなかコントロールできない状況にあるようで。なかなかいうことを聞いてくれません。

 

その子どもの面倒を一日中一人で見て,更に私の誕生日パーティーの料理を作らなければない状況に妻のストレスがピークだったようなのですね。(しかも週末…)

 

そこを察した私は方向転換ですよね。怒りをぶつけてやろうと思ってましたけど,そこはもうほら34歳ですから。いい大人ですから。

 

私「うわぁ~おいしそう~!」

 

私「うれしい~!」

 

私「いやぁ~いい誕生日だぁ~!」

 

と先ほどまでのケーキおじさんからの一点した感謝おやじに切り替えたわけです。

 

だから私はうまく自分の怒りを隠すことに成功したんですけどね。

 

でもやっぱりその違和感には妻も気づくわけです。

 

妻「え、、パパのケーキないじゃん。なんで自分の買ってこないわけ?」

 

私「う~ん,、、、

 

食べたいの無かったんだよねぇ…」

 

 

ケーキが無いために蝋燭は,チキンソテーの上に…。

 

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そんな34歳の誕生日だったわけです。

 

子どもからは「ハッピーバースデー」を歌ってもらったわけですが,去年まで歌えなかったことを考えると,成長が感じられて嬉しかったですね。

 

歳をとるっていうのは,そんな風に自分以外の誰かのために動く側に回ることなのかもしれません。

 

まぁ今年も私らしく頑張りたいと思います。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

 

(PS 妻の分のケーキは買って帰りました)

今の教育界の最大の問題。

色んな問題が凄まじいスピードで解決されてく世の中じゃないですか。

 

そしてそんな現代で残ってる問題は「解決してしまうと別の問題が起こるもの」だと言われてる訳ですね。

 

だから教育界でも体罰とか一方的な授業とか、これまで問題だとされて来た色んな問題が少しずつ良くなってる訳なんですけど。

 

(先生達の部活の労働問題は解決してしまうと、「子どものスポーツをどう補償するのか」っていう別の問題が起こるから解決しないわけです)

 

そんな中にあって、これマジでやばいだろって思ってることがあって。

 

それが、

 

教員採用試験の倍率の低さ

 

なんですよ。

 

簡単に言うと、若者が教師っていう仕事を選ばなくなって来ていて、優秀な人が教師にならないんですね。

 

その倍率の低さが結構なもので、新潟や北海道の小学校だと1.2倍とかになって来てるわけです。

 

私のいる所だと、教科によっては「一次試験全員合格」なんてことも起こってるんですよ。

 

これマズくないですか?

 

だって面接官が、「やべ、こいつ絶対性犯罪犯すだろ」と思っても現状だと合格する可能性高いわけですから。

 

私がそれが問題だと感じるのは、教師の質が子どもの学力に直結するからなんですね。

 

少人数教室よりも教員の質を高める方が費用対効果が高い事が研究でも分かっています。

 

(以下の本参照)

「学力」の経済学

「学力」の経済学

  • 作者:中室 牧子
  • 発売日: 2015/06/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

さらに、優秀な教員は10代の望まない妊娠率を下げ、大学進学率を高め、将来の収入を増やすこともわかっています。

 

今、そういう先生が減っていく事が問題視されている訳です。

 

そしてこの事が決定的な教育格差を生む可能性があると思うのです。

 

例えばそのような環境に子どもを入れたいと思うでしょうか。

 

つまり、教育リテラシーが高い家庭で育った優秀な子達も公立に行かなくなる。

 

こうなると学校のクラス運営がますます苦しくなる危険性があります。

 

だから、

 

「超優秀な人じゃないと教員になれない」

 

「学校の先生になる人は超絶優秀」

 

みたいな状況を作るのが国家を作る上でも理想だと思うんですよ。

 

それこそ現状でGoogleとかIT系に進むような学生達がこっちに流れてこないといけないと思うんですね。教育が先にあるみたいな状況。

 

別に私は優秀じゃないんですけど、そういう超優秀な若者達から学びたい気持ちはあるんですよ。

 

だから将来の子ども達のためにも、どうしたら優秀な人がもっと教員になるのかを考えたいんですよ。

 

そしてそこを解決する事が次の教育界のイノベーションになるのではないかと考えているのです。

 

私なりにちょっと色々考えてるんですけど、皆さまもアイディアがありましたら教えてください。

 

本日も読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

 

賃貸か持ち家かの結論。

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「いやお前、家どうなったの?」

 

って話なんですけどね。

 

そういえばお宅訪問の話書いてたのに最近全然書いてなかったですね。

 

 

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私の中ではもう結論が出たのですが、そのままにしておりました。

 

結論なんですが、

 

「一生賃貸」

 

が結論です。(期待させてすいませんでした…)

 

ちょっとその理由について書いてみます。

安いのは「ずっとそこで暮らす」のが前提。

計算したんですけど、買った方が安いって言っても35年住む仮定で数%の話なんですよ。

 

スマホとかの長期割みたいなもんですね)

 

更に老後もそこに住み続けた場合はどんどん生涯コストが安くなるんですけど。

 

実際には30年も住めば修理も必要になってきますし,お金がかかる。

 

更に私の場合、妻も私も土地のもので無いし、老後もここにい続ける確証が全くない。

 

それが買わない一つ目の理由です。

家で買うのは地域と近隣住民もセット

さらに、家を買った場合は地域と近隣住民がついてきます。

 

例えばこれから家を買った地域がどんどん人口が減少する地域だったとしたら,行政に手を入れてもらえず荒廃化する可能性もあるわけです。

 

そうなってくると空き家を狙った犯罪だとか,景観の悪いところに住むことになる可能性があります。

 

更にマンションなどだと修繕費などを積み立てるわけですが,自分がしっかりおさめていても周りの住民が納めていないケースもあったりする。

 

そうなるといくら自分がお金を納めても修繕ができないわけですよね。

 

このように家を買うと必ず地域と近隣住民がついてきます。

 

賃貸だったら嫌だったら変えればいいわけですから,少し高いコストを大家に払う代わりにこの気楽さを買っているとも考えられます。 

投資としての家

また家は不動産投資としても考えられるわけです。

 

投資として考えると「安く買って高く売る」が基本です。つまり,高く売れそうな場所を買う必要がある。

 

しかし,今の日本で今後高くなる場所があるのでしょうか。

 

人口はどんどん減り続ける予測ですし,それにともなって空き家が増え続けると言われています。家の供給過多になると思うんですよね。

 

ものの値段は需要と供給で決まりますから,供給が増えれば当然価格は下がります。

 

「一部のタワマンは値段が上がり続けてますけど?」

 

っていう指摘もあると思うんですけど,確かに都心のタワマンとかは値段が上がり続けてるんですけど,コロナの影響で地方への移住も進んでいますから,それも不透明だと思うんですよ。

 

もうリモートワークが進んだら東京に住む意味って無くなっていきますから,そうなったら土地の価格って本当にどうなるか分からないと思うんですよね。

 

どっちにせよ素人はなかなか価格が上がる場所を予測するのは難しいなと。しかもローン組んで数千万円でする投資というのはちょっとリスク高すぎですよね。

 

また仮に確実に上がる土地があったら先にプロが抑えてるだろうと考えた次第です。

老後はどうするのか問題

以上のような理由で私はいろいろ見ましたが,家は買わないという結論です。

 

まぁ一回きりの人生なので自分の家をもってみたいっていうのは今も思うところはありますけどね。

 

ちなみにこのように書いてきたわけなんですが,一つだけこの考え方の問題があって。

 

それは「老後どうすんだ問題」なんですね。

 

年取って働けなくなってからも家賃がかかり続けるし,高齢で家を貸してもらえないかもしれない。

 

そこをどうするかなのです。

 

ちなみに私の今のところの考えなのですが,

 

困ったら持ち家の友人に助けてもらおう

 

と思っています笑

 

子どもが独立したら一人で大きい家とか管理するの大変じゃないですか。だから,こっちも面倒見ますからちょっと住ませてもらえませんかって提案するというね。

 

だから今のうちに他の人が老いるときに自分が元気でいられるように「健康」と「友人関係」に投資した方が得策ではないかと判断したわけです。

 

ということで読者の皆さんの家に将来お世話になるかもしれません。

 

肩でも揉みましょうか?笑

 

今回の記事が皆様の参考になれば幸いです。

 

読んでいただき,ありがとうございました!