
アメトークを見ていた。
「人見知り芸人」という括りのトークの中では「美容師との会話が辛い」などのエピソードが披露されていた。
先日も書いたように私も理容師との会話に悩んでいる。
トークの中には共感できるものが多かった。
そこから「自分はもしかして人見知りなのか?」という問いが生まれたのである。
気になって人見知りの定義をネットで調べてみた。
『見慣れない相手や初対面の人、あるいは新しい環境に対して、不安や緊張、恥ずかしさを感じてしまい、自分から積極的に会話や関わりを持つことができない状態』
とのことらしい。
これはちょっと違うかもしれない、と思った。なぜなら私は初対面の相手には気にせず話をするタイプだからである。
気になればどんどん質問するし、妻から「もうやめといて」と言われることも多い。また三者面談での会話に困ったこともない。つまり、上の説明がその定義なら、私はけして人見知りではない。
ではどんな場面で私の人見知りらしきものは発動するか。
まず出張の時。職場の人間と帰りの電車が同じになりたくない。電車の中でどんなトークをしたらいいのか考えるとそれだけで神経がすり減る。
だから、何も出ないのにトイレに行ったり、あえてコンビニに寄って何も買わないで時間差を作ったりしている。
出かけた際に、昔の教え子、保護者、同僚とたまたま会ってしまった時もドキッとする。出来るだけ気づかれないように、そして気づいていないフリをする。そちら側に顔を向けないようにしてやり過ごしている。
このように私の人見知りはむしろ知り合いに対して発動される特殊能力である。
発動条件は、相手との距離感が近すぎず、遠すぎないこと。そして、職場という共通のルールが適用されない場所であることだ。
私は、知っている人との関係性が普段と違う場面に置かれると、どう振る舞えばいいのか分からなくなるのだと思う。相手が自分をどんな立場で見ているのか、いちいち探ってしまうのだ。
これについて私は「人見知り」と差別化し、「関係性迷子」と呼ぶことにした。
そういった意味では同級生に対してもそうで、すでに同級の時期ははるか過去に過ぎているため、どんなスタンスで関わればいいのか分からないでいる。
今度出張で海外に行く予定がある。昔の同級生が住んでいるので連絡を取ってみたいが、関係性迷子の私はその勇気が持てないでいる。
このような定義でいくと、「街中で同級生に会う」は私の考えうる最悪のケース。もはや何を話していいか分からない。ラビリンスである。
私が故郷を離れて働いているのは、そんな状況になりたくないからなのかもしれない。








