あそこで熊が踊ってる。

30代まっしぐらの男が描くエッセイのようなもの。

応募しろ。

f:id:suno200002000:20200606222059j:plain

これNIEとはまたちょっと違うと思うんですけど,最近新聞の中で中学生が参加できる公募見つけてはひたすら子ども達に記事説明して取り組んでみるように勧めてるんですよね。

 

分かりやすくマーカー引いて,掲示したりして。

 

最近も「読書感想文コンクール」の募集要項が載ってたんで,懇切丁寧に子ども達に紹介したんですよ。本も図書室で借りられるし。

 

そしたらですね、

 

「いやいやいや,無理無理無理!」

「あ、本読めないんで無理です」

「どうせ書けないからいいです」

 

なんて言いやがるわけですよ。

 

今放課後には教員が机とか消毒してるんですけど,お前らも一緒に消毒してやろうかって思いましたよ。

 

ある意味で毒されてるんですよね。

 

「無駄なことをしたくない」

「失敗したくない」

「失敗したら恥ずかしい」

 

っていう考えに。

 

これ私は大間違いだと思っていて。

 

応募する経験はプラスにしかならないと思ってるので,そのことについて今回は書いてみます。

差別化せよ。

まず,なんで中学生に公募勧めてるかっていうと,それが人生を生きる上で有利になる可能性があるからなんですね。

 

多くの中学生が「読書感想文出してみよう」と言われても嫌がるわけですよ。宿題ならまだしも,自主的にやろうという子はひどく少ない。

 

でも物の価値っていうのは希少性ですよね?

 

ダイヤモンドが高いのはその辺に落ちてないからですよね?

 

だから,そういう人がめんどくさがることに挑戦する子は希少価値が上がるわけですよ。

 

そういう意味では,受賞した日には更に希少価値爆上がりじゃないですか。

 

今年は部活の大会や学校が準備してくれるもので賞を取るのが難しい状況ですから,そういうところで少しでも自分の武器を取りに行くのって大事だと思うんですよ。

失敗なんてない。

「いや、でもどうせ受賞できないし」

 

「受賞できないと悲しい」

 

「自分には才能なんてないから」

 

っていう子ももちろんいると思うんですけどね。

 

例えば読書感想文書こうと思ったら,本を一冊読んで原稿用紙数枚書かないといけない。この経験がすでにものすごい勉強になっているわけですね。

 

その過程で自分の人生を変えてしまうような一文に出会うかもしれない。

 

受賞できなくて悔しかったら,受賞した人の作文まで読むかもしれない。

 

自分と文の構造がどう違うのか,どこが評価されたのかを考えたらそこでまた勉強になる。

 

つまり,応募してる時点で損なんてないんですよ。

 

私は「成功」の反対は「失敗」じゃなくて「何もしないままスルー」することだと思うんですよね。それが一番何も得るものが無いから。

 

これがビジネスとかの世界で損が出るものならまた話は別ですけど,読書感想文なんてなんのリスクもないわけですから。

 

これはタダで出来る宝くじみたいなもんなんですよ。

 

だからどんどん挑戦する経験をした方がいい。単純にその数が多いほど,自分の強みや特徴に早く気付けると思うんです。

私も応募している。

私も毎日のようにこうやってブログとかツイッター上げてますけど、それもある意味で応募だと思っているわけです。

 

もちろんね,めちゃくちゃ滑る時もありますよ。

 

フォロワー1400人近くいて「1いいね」しかつかないとか普通にありますからね。

 

(あれ?みんなどうした?まだ自粛してるの?って思ったりする。もう非常事態宣言終わりましたよ!)

 

でもそうやってトライして何が足らないのか,どうしたら人の心に響くのかを考える作業っていうのは確実に私の力になっていると思うんですよ。

 

なのでここ最近は毎年のように仕事でも誰に頼まれてるわけでもないのに,研究論文提出したりもしているわけです。受賞できるどうこうじゃなくて,その過程で考えることが確実に力になるから。

 

なので私はこれからも死ぬまで応募しつづける人生にしようと思ってるんですよね。

 

ということで,今回は応募のメリットについて書いてみました。

 

この記事が少しでも皆様の「応募してみようかな」って気持ちにつながれば幸いです。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

スラックラインに挑戦してみた。

f:id:suno200002000:20200606125102j:image

娘と2人で公園を散歩していたら、スラックラインをしている団体に遭遇したのである。

 

初めて見るので物珍しく、じーっと見ていたら「やってみませんか?」と声を掛けられ、そのまま恐る恐るやってみたわけである。

 

私は全くのド素人なわけだが、右足をラインにかけ、一気に上に体を移動させる。

 

ふらつくがバランスが取れないわけじゃない。両手で重心を取りつつ一歩ずつ前に進む。

 

それを見て言葉を失う主催者達。

 

「…それ、普通早くても丸一日はかかるんですよ…」

「まさか一発って…」

「もしかして天才…?」

 

そんなマンガのような展開を期待したのだが、実際は全くそうならず。

 

そもそも右足をラインにかけた段階で膝がガクガクと笑う。

 

インストラクターからは、

 

「これまでのスポーツの中で踏ん張るという経験が少ない方はそうなります」

 

と言われた。

 

私のやってきたバレーボールという競技では結構踏ん張って来たのでは無かったのか。

 

それに私の足はこれまで何キロものバーベルを持ち上げて来たと自負しているのだが、スラックラインの前ではどうやら無力のようである。

 

いくらやってもまるで出来ないので、結局上から吊るされたロープを両手で持ちながら歩く。

 

それでも体が揺れ、一度バランスを崩すと足元が大きく揺れる。足元が常にプルプルと震え、気分は高齢者である。

 

ロープを持ちながらならなんとか歩けたが、無かったら不可能である。

 

では団体の人達はどうなのかというと、いとも簡単そうにラインの上を歩く。

 

更には座ったり体勢をラインの上で変えたりと自由自在である。

 

見てる分にはかなり楽そうなのだが、これがいざやってみると出来ない。バランスが取れず、何度も落ちる。

 

ちなみにスラックラインでは大会が2種類あり、

 

①ラインの上で飛んだりして芸術点を競うもの

 

②長いラインの上をいかに長く早く移動できるか競うもの

 

があるそうだ。

 

①の方はテレビなどでもよく見かけるが、実際のところジャンプしてから失敗して落ちるとかなりの高さから地面に叩きつけられることになり、危ないらしい。

 

②の方は見た目は地味だが、体幹が鍛えられるために、健康維持や他の競技にもプラスに働くことが多いという。(スノーボードの選手はターンのキレがまるで変わったらしい)

 

裸足でやると感覚が掴みやすいとの事だったが、熟練者になると、目を瞑ったり、スノーボードブーツを履いていても出来てしまうという。

 

一見シンプルに見えるが、実に奥が深く、難しいのである。初めての挑戦だったのだが、私はとにかく楽しかった。

 

外だから三密にもならないし、子どもと一緒にやれば小さいうちからバランス感覚を鍛えることにも繋がりそうだ。体幹はどんな競技にも通ずる。

 

何より自然の中で木々の間を綱渡りするというのがとても気持ちよかった。木陰になるので、太陽もそれほど気にならない。

 

そろそろ部活が始まりそうなので実際には難しいと思うが、時間があるなら通いたいぐらいである。

 

そのためにももう少し踏ん張りを鍛えておかなければと思った休日である。

 

興味のある方いましたら是非どうぞ。

 

本日も読んでいただき、ありがとうございました!

 

 

意識高すぎな私のモーニングルーティーン。

f:id:suno200002000:20200604224749j:plain


全く高すぎるのである。

 

言わずもがな私の意識の話である。

 

これまであまり書いてこなかったが,私はいわゆる意識高い系。意識高すぎ高杉君なのである。

 

ここ最近は色んな人のモーニングルーティーンを見て,自分に一番あっている朝の手順を考えていた。

 

多分誰も気にしていないが,今回は私のモーニングルーティーンを本邦初公開したいと思う。

 

刮目していただきたい。

水を飲む

まずコップ一杯の水。案外忘れがちだが,この一杯が大事。起きてすぐに水を取る。

 

寝ている間に200-300㎖の水分が消費される。ちなみに能の水分は約80パーセント。水分不足は頭が回らない状況を生み出すので,まず水をとる。

 

筋肉に水分が行きわたると,基礎代謝が上がるので一日のエネルギー消費を増やすことにもつながる。水は超重要なのである。

玄米を食べる

そして朝食は毎日玄米である。

 

玄米などはGI値が低いので血糖値が上がりにくい。

 

逆にここで血糖値が上がりやすいものをとってしまうと,血糖値が今度は乱降下しやすくなり,午前中の一番効率的に考えられる時間帯の集中力が落ちる。よって毎日玄米をチョイスである。

 

玄米を主食に食べるのは,缶詰(いわし,さば,カレー)。

 

青魚のDHAで脳の動きをよくしたい。ちなみにカレーの缶詰は私の好物であり,香辛料で頭を目覚めさせたいという狙いもある。値段も安く,開けるだけでいいので時短にもなっている。

 

人の集中力は定量が決まっているので朝から判断する機会を増やしたくない。よって毎日同じものを食べている。

服を着る

本当は裸で行きたい日もあるのだが,社会人,そして教師として毎日服を着ることを心掛けている。

 

こちらも選択肢が多いほど,迷ってしまうのでほぼ決め打ち。

 

パンツ三本,シャツ数枚を回す。

 

ユニクロ・GUで十分。MB氏のメルマガを参考にして数か月に一度買う)

https://www.mag2.com/m/0001622754.html

運動する

そして軽い運動である。脳を目覚めさせるためにも運動で脳に血液を送りたい。

 

そもそも「運動しない」というのは「うつ病になる薬を飲む」のと同じくらい超危険だともいわれているのである。

 

よってたまに職場まで自転車で行く日もある。

 

そして,最近は校舎中の窓を開けて換気をしている。

 

これによってコロナ対策にもなるし,階段を上がり下がりすることによってちょうどよい運動にもなる。

 

何よりこちらとしては運動したいだけなのに,同僚からの評判が上がるという一石二鳥のルーティーンである。(冬場はストーブをつけて回る)

コーヒーを飲む。

そして,汗をかいた場合は着替え。

 

一通りの所作を置いたらデスクについてコーヒーを飲む。すでに極限まで高められた私の生産性がカフェインによって限界を突破する。

 

そして授業内容を確認し,授業が始まる…というルーティーンである。

 

高い,あまりにも高いその意識である。

 

ここまでやっているのだが、

 

 

その成果がどこにもまだ出ていない。

 

その点が非常に残念である。

 

しかしながら,いつか何かしら良いことがあるんじゃないかと信じている。

 

皆様の参考になれば幸いです。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

一寸先はパニック。

f:id:suno200002000:20200603220948j:plain


私のいる地域では中総体に代わる代替大会が行われることが先日新聞で発表されたのである。

 

その発表の仕方がなかなか面白く,

 

「○○市,中総体代替大会開催決定!!」

 

とでかでかと市の方針が書いてある隣に,

 

「○○市,中総体初の中止!!代替もなし!!」

 

と隣の市町村の中止を知らせる一文も載っていたのである。

 

それこそブレーキとアクセルを同時に踏みような記事だったのだ。

 

 

学校関係者でない方からすると,「3年生がけじめをつけるためにも大事」「大会はあった方がいい」という人も多いと思うのだが,いざ計画を立てる身となると,これがなかなかに大変なのである。

 

まず新聞が出てから結構な数のご意見がすでに学校のもとに来ている。

 

言わずもがな感染が心配される中での開催に不安を感じている方からの疑問の声である。

 

その気持ちは勿論わかる。これで感染が広がる危険性だってあるのだ。

 

(逆にあの記事でなんでうちはやらないんだというご意見もあったことだろう)

 

更には競技のルールについても,感染症対策を意識したものとなるのでいつもと勝手が違う部分がある。

 

例えば「ハイタッチ禁止」となると,そういう一つの動作に子どもの集中力が使われるので,他への集中がおろそかになり,ケガにもつながりやすくなってしまう。

 

また熱中症も心配だ。

 

7月の熱い時期で,かつ空調も整っていない場所での大会の開催は想像以上に酷である。更には子ども達は約三か月家に閉じこもっていたこともあり,体力も相当落ちている。何人か倒れるのは間違いないだろう。

 

では当の子ども達はどう思っているのか?

 

これがまちまちなのである。

 

大会の開催を喜ぶ生徒がいる一方で「レギュラーになれないのが分かっているから,もう受験勉強したい」「感染が怖い」という声もある。

 

こうなってくると必然的に,

 

やりたい人だけでやりましょう

 

という大会になるのだと思うのだが,そうなってくると団体競技の場合チームが成り立たなくなる可能性があるわけである。

 

中学生の場合どこの部活も人数はぎりぎりの中でやっているのが実態だ。やりたい人は申し出ようといった結果,子ども間、保護者間で余計な軋轢を生む可能性が考えられるのである。

 

つまり,我々指導者は今から子ども達を連れて薄氷の上をわたろうとしているわけである。

 

もし万が一その薄い氷が割れてしまった場合,

 

仲間割れ…

 

大けが…

 

コロナ感染…

 

クラスター発生…

 

信用失墜……etc

 

 

という取り返しのつかない事態にもなりうるわけである。

 

よって非常に多くのリスクを抱えての開催になるので,正直やらない方が余計な心配はしなくて済むところもある。

 

しかし、これは個人的な意見なのだが,いつまでもリスクがゼロになるのを待つ生活というのは限界があると思うし,コロナと共に生きていくという意味でもやれるならやった方がいいと思っている。

 

私がいる地域は感染者の報告も出ていないし,県内で見てもここ一ヶ月感染者は出ていない。相当落ちた子ども達の体力を取り戻すという意味でも部活は有効だろう。それで救われる子がいるのも事実である。

 

しかしながら,毎日神経をすり減らす練習になるのは間違いない。

 

来週から練習が始まるが,どうなっていくのか不安である。

 

十分に気をつけて指導に当たりたいものである。

 

今さら学級目標の決め方の話。

f:id:suno200002000:20200602212533j:plain

 

さて6月である。 

 

本来であれば,中総体に向けて練習に励んでいるシーズンなわけだが,今年についてはこれから学級目標を決めるという段階である。

 

なので今回は私の考える学級目標の決め方について書いてみたい。

 

 学級目標における2つのパターン

そもそも学級目標は大きく分けると二つに分類されるように思う。

 

①想いをそのまま言葉にするもの

②想いから連想されるキーワードを設定するもの

 

この二つである。

 

説明するまでもないが,①は例えば「みんな元気で仲良しクラス,あいさつ飛び交う1-3!」みたいな子ども達へのクラスへの思いをそのまま言葉として掲げるもの。

 

②についてはその願いからキーワードを設けるパターンである(例:パズル,ヒーローなど)

メリット・デメリット

それぞれにはメリットデメリットがあり,一概にどちらがいいとは言えない。

 

しかし,あえて言うなら①は「覚えづらい」という大きなデメリットがある。

 

多分,その学年が終わったら子ども達はその学級目標をすぐに忘れるだろう。言葉は至極まともであっても単なるお飾りになりやすいのがこのタイプである。

 

一方で②の方はどうか。

 

ものにもよるがキャッチーであるために覚えやすい。

 

子供たちが心から良いと思えるものが設定できた場合,それは様々な場面で子ども達の合言葉になる。

 

私自身,こちらで学級目標を設定することが多いのだが,今までのクラスの学級目標はやはり覚えているものである。

 

しかしながら,こちらの場合については

 

キーワードが先行しがち

 

というデメリットもあるのである。

 

子ども達がキャッチーな言葉を考えることに一生懸命になってしまい,肝心の「こんなクラスにしたい」という願いを無視してしまうという事態になりやすい。

 

あくまで大切なのは子ども達が目標決めの話し合いを通じてクラスへの願いや所属感をもつことである。そこを飛ばして効果的な学級目標というのは成立しないように思う。

学級目標の決め方。

では具体的にどうやって学級目標を決めていくか。私はほとんどが②のパターンなのでそれで考えてみたい。

 

まずはどんなクラスにしたいか考えてもらう。

        ↓

みんなから意見を聞き,その中で特にどこに力を入れていきたいかを絞り込む

        ↓

そのポイントを連想できるようなキーワードを出す

        ↓

アイディアを出しながら,言葉を変形させたりしてしっくりくるものを考える。

        ↓

       決定

 

という流れである。多分どこの教室でもそんな感じではないだろうか。

 

一見単純そうに見えるのだが,これは

 

「話し合いを通じてクラスの雰囲気を醸成する」

 

ことと

 

「みんなが気に入るようなセンスの光る学級目標を作る」

 

という2つのことを同時にクリアしなければならないので,結構難しい授業なのである。ある意味で普通の教科の授業をやるよりも難しいと感じている。

例示をする

センスの光る目標を作り出すのは難しいので、子ども達に「じゃあここから連想するキーワードを考えて」と言ってもたいていの場合そこでペンが止まる。

 

単に思いつかないのもあるが,「先生はどんなものを求めているのか?」を生徒たちが探るからである。

 

(更には個人の言葉選びのセンスがモロに出るので恥ずかしさもある)

 

そこで私は過去の例を子ども達に積極的に話すようにしている。

 

「前のクラスはね,行事にアツいクラスになりたいっていう目標から、松岡修造っていうキーワードが出てきたんだ。

 

それだとちょっと言いづらいから,ちょっとみんなで考えて

 

全員修三!

 

っていう学級目標になったんだよ」

 

とか。

 

「前のクラスはみんなの個性が際立つっていう意味でアイドルの嵐っていうキーワードが出てきて。

 

それは無いでしょって話になったんだけど,

 

嵐はAとあから始まるから,芸能界のトップに立つっていう意味が込められている,

 

私たちもこの学校でなんでも一番になるって意見が出てきたことがあったからっていう学級目標にしたこともあったかなぁ」

 

なんて話をする。

 

正解は無いので,とにかく色んなパターンから子ども達が考えられるように例示する材料があるといいのだと思う。

 

あいうえお作文的に作るパターンもあるし,英単語のパターンもある。辞書を引き始めたりする子もいれば語学の勉強にもなる。

 

学級目標と言うとチープな感じがするが,広告コピーみたいなものだと考えるとこれは大変な話なのである。

体育祭や合唱コンクールをイメージする

特にそのような言葉選びの中で良かったのは,体育祭や合唱コンクールなどといったクラスがまとまる行事の時に使いやすいものだった。

 

例えば「全員修三!」は体育祭の時などの円陣の掛け声にしやすかったし、「嵐」は旗づくりやTシャツづくりなどにもデザインとして応用がしやすかった。

 

そうやって共通言語になりやすいものを選べるか,というのが大事なポイントだと思う。

 

(現にかなりまとまりが良かったので「嵐」を掲げていた時には「うちのクラスも同じ学級目標にしたい!」と後輩達が本気で言っていた。そのことがまた大きな自信になったようである。)

偉そうに書いているけれど。

このように偉そうに書いてきたわけなのだが,私も毎年しっくり来るものを設定出来ているわけではなく,結局は子ども達だのみのところがある。これは毎年楽しみであり,最初の難関なのである。

 

しかし,今振り返ってみると,良いクラスだった思い出は良い学級目標と共にあるようにも思うのである。

 

今年はまだこれから私も学級目標を決めるのだが,子ども達が好きになってくれるような学級目標を一緒に見つけていきたいものである。

 

皆様の参考になれば幸いです。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

再スタート。

f:id:suno200002000:20200601215850j:plain


休校中に私が取り組んでいたことの一つが掲示物なのである。

 

今年は新聞を子ども達に読んで欲しいという思いがあるので,新聞で子供たちが興味を持ちそうなものを切り抜き,更に私の解説をつけて掲示しておいたのだ。

 

もちろん興味をもつように,3Dプリンターを使っての和菓子作りの話だったり,コロナのある状況でのスポーツ開催の仕方だったり,他にも写真にインパクトがあるものを選んだりするなど,私なりに子ども達が親しみやすいものをチョイスしたつもりだ。

 

私としては

 

「こりゃ休校明けは子ども達が新聞に夢中になりますな。がっはっは!」

 

という感じでせっせと掲示づくりに取り組んでいたわけである。

 

更にこれは私自身の勉強にもなる。

 

ノートに切り張りしてストックしておけば授業で使うタイミングがあるかもしれないし,解説を考えることで子供たちにも説明がしやすくなる。

 

子供たちに説明するのと同時に私も勉強しようという算段である。

 

「なんてストイックなんだ私ったら。がっはっは!」

 

ってな感じで準備していたわけである。

 

そして,休校が明けて学校に子ども達が来た。

 

するとどうだろうか。

 

私の作った掲示物たちは…

 

 

ほとんど見られてない

 

のである。

 

ほとんどの生徒が立ち止まらずにスルー,ごくわずかな気づいた生徒もパッと見た瞬間に止まることなくスルーである。

 

その代わり隣に貼ってあった美術科が課題にしていた「ぬり絵」ばっかり見ていやがるのである。くっくやしー!

 

更に今回アンケートを取ってみて分かったのだが,彼らはどうやら新聞に対してアレルギー反応を起こしているようである。

 

「新聞は難しい」

「大人が読むもの」

 

そう回答している生徒が非常に多いのである。

 

もうほとんどの家庭で新聞をとっていないこともあり,そもそも習慣が無いようだ。

 

つまり,彼らは日ごろネットだのYOUTUBEだのの非常にかみ砕かれて分かりやすい情報源からのみ情報を仕入れているから,新聞が読めないわけである。

 

これちょっと危険ではないだろうか。

 

というのも,そういう分かりやすいものはいわばスナック菓子みたいなもので,

 

それを食べ続けて居ても体が出来ないように,

 

そういう情報にばかり触れていても,思考力は鍛えられないと思うのである。

 

そしてそのような状況を続けた結果、「給付金の手続きの仕方がが分からない」みたいなことになってしまう気がするのだ。

 

教室に新聞は置かれているのだが,特定の子しか新聞を広げている姿を見ないというのも気になるところ。

 

ということでこれから取り組むには最高に面白そうな子供たちの出来なさである。

 

まぁやれるだけ頑張りますわ。

 

気をつけることも多い毎日ですが,私は元気です。

 

現場からは以上でーす!

この時期気をつけたい,においの話。

夏場で汗をかくシーズンになってきましたね。

 

私結構奥さんから匂いで怒られるんですよ。

 

それこそ一日中運動してたりする日もありますので,本当に気をつけないといけないなと思いましてね。

 

ちょっと本を読んでみたので,みなさんと共有したいと思います。

なぜ匂いは大事なのか?

香りっていうのは大脳辺縁系とつながりが強いみたいで。

 

要は香りと脳はつながっているので、人の記憶にも残りやすいわけですよ。

 

私自身,学生とすれ違った瞬間に自分の高校時代を思い出す瞬間があるんですけど,それってデオドランドドスプレーの匂いで過去の記憶が引き起こされてるんですよね。(そういうのってあるじゃないですか,ばあちゃんの家の匂いとか。)

 

つまり,どんなに仕事できようがイケメンだろうが,金持ちだろうが,匂いケアをしてなければ「でもあいつ臭ぇんだよな」っていう方が強く印象に残ってしまうわけです。

 

それを象徴するように稲中卓球部では田辺っていう強烈なにおいを発するイケメンキャラが出てくるんですけど。

 

特に男性は女性よりも皮脂腺が発達していて,皮脂の分泌が活発な分,匂いも強烈になりやすいので,我々は田辺にならないように本当に気をつけないといけないわけです。

食べたものが匂いとなって毛穴から出てくる。

じゃあ何を気をつけたららいいのかというと,基本的にはにおいとは食べたものから発せられるようです。

 

食べたものが分解されて血液中を駆け巡り,匂いとして出てくる。

 

特に強烈なにおいになりやすいのは,まず

 

焼き肉などで大量にとると,アンモニア尿素が血中に残り,それが毛穴から臭いとなって出てくるようです。

 

更にスパイス

 

これもとりすぎると,体内から臭いとして出るのだとか。

 

私自身,スリランカに行った時には「この臭いなんだ??」って毎回思っていたのですが,もしかしたらあれは人の臭いだったのかもしれません。食べ物が違うと人の香りまで変わってくるわけです。

 

他にもアルコール

 

大量にとると,肝臓の分解機能が追い付かず,血中にアセドアルデヒドが溶け込んで臭いの原因になるそう。

 

そしてコンビニ弁当

 

コンビニ弁当には長く見た目を維持するために,保存料が大量に使われているのですが,これが体内に入ってくると,人はそれを解毒するために活性酸素を発生させます。

 

その活性酸素が体内で過度に増えると,酸化反応を促し,加齢臭につながるそうです。匂いのプロからすると,コンビニ弁当をよく食べている人の体臭はかなりキツイのだそう。

 

つまり,不健康な食事や,多すぎる飲酒などは体臭にも悪影響を及ぼすのは間違いないでしょう。

 

そしてそのことを知っておいて,飲み会などでは魚や野菜を積極的にとるようにしたいですね。

 

汗は臭くない。

ちなみに汗自体は臭くないのだとか。

 

その汗が放置されたときに,空気中の菌と反応して臭いになるそうです。

 

つまり,簡単にいうと,菌と反応する前にこまめにケアするしかないようなんですね。

 

汗をかいたら着替える,シートで体を拭く,スプレーを使うなど,そういうケアをサボらずにやるしかないようです。

 

たまに香水でごまかそうという人もいるようですが,それは本当に御法度のようで。

 

体臭と香水が混じり合うと,「雑巾とカメムシにお花畑を添えて」みたいな非常に不愉快なにおいになります。

 

なので香水を使いたい場合は,必ず臭いをケアしてから最後に使うべきだそうです。

 

最初に述べたように匂いは人の印象にとって非常に大事ですから,一流の人ほどさっと香水を使い,自分を印象づけることを大事にしているようです。

 

芸能人に合った感想とかでよく「めっちゃいい匂いがした」ってのを聞きますけど,芸能人の皆さんはそういう香りの重要性を理解して香水で印象を作っているんでしょう。

 

つまり,芸能人であっても

 

もともといい匂いなわけじゃなくて,いい匂いを作っている

 

が正解なわけです。あまりお金は掛けられなくても,そういうマメにケアする姿勢は参考にしたいですね。

 

ということで今回は匂いについて書いてきました。

 

これから汗をかくシーズンですし,非常に大切かなと思います。

 

ちなみに私は今日ドラッグストアでペーパーシートとスプレーを買ってきました。(これからわき毛も剃ってしまう予定です。)

 

皆様の参考になれば幸いです。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

 

今日参考にした本はこちら↓

 

一流ビジネスマンはなぜ、くさくないのか?
 

 本日も読んでいただき,ありがとうございました!

授業が始まろうとしている。

f:id:suno200002000:20200530123253j:plain

私がいるところでは,今週分散登校が終わり,いよいよ来週から通常授業が始まろうとしているわけです。

 

今週もちょっとだけ授業があったので,今年は新聞をみんなに読んで欲しいと思っている旨を伝えました。

 

そして更に「ゲームは節度を守ってプレイさえすれば人生にとって有益だ」みたいな投書の切り抜きを持ってきて,これについてどう思うか考えるっていう授業をやってみました。

 

まず,最初に私がゲームについてどう思っているのかを話しました。

 

suno200002000.hatenablog.com

 

 

というのも,先日読んだ大村はま先生の本に,

 

「子供に口を自然に開かせるには,まず教師がたくさん話をすること」

 

「子供たちが何を書いていいか分かる時は,たいていの意見が出来ている時」

 

と書いてあって,やっぱり事前に十分に自分の意見を作る材料を与える必要があるのかなって思ったんですよね。

 

それでこちらが十分話をしてから,作文を書いて発表してもらいました。

 

これがまぁ面白かったんです。

 

こんな意見が出てきました。

 

【ゲーム反対派の意見】

・ゲームでいくらレベルがあがっても現実世界でレベルが上がるわけじゃない。だったら勉強した方がよっぽど有意義。

 

・自分で制限するとか言ってるけど,それが出来たらゲーム依存症になる人なんていない。制限するのは無理なんだから最初にやらない方がいい。制限できると思っている人は自信過剰。

 

・目も悪くなるし,ゲームをしていると親とのコミュニケーションをしなくなったりもする。成績も下がってしまったことがある。だったら最初から手を出さない方がいい。

 

【ゲーム肯定派の意見】

 

・僕はゲームで歴史上の人物を覚えた。リズムゲームでリズム感を鍛えることだって出来る。ゲームが一概に悪いとは思わない。

 

・今はオンラインでのコミュニケーションが当たり前の時代。ゲームを通じてのコミュニケーションだってある。コロナで人で会えないのだからなおさら。人と実際に合わないとコミュニケーションが取れないっていうのは違うと思う。

 

・ゲーム依存が怖いとか言っているけど,そもそも依存して何が悪いのか分からない。そういうことを言うのは,依存するほど好きなものが見つからない寂しい人だと思う。

 

・現実世界ではみんなが主人公になれるわけじゃない。レギュラーになれる人も,学級委員になれる人も限られている。でもゲームの世界ではみんなが主人公になれて夢を見ることが出来る。その権利は誰にでもあると思う。

 

本当にこんな感じの意見が出てきて私かなり驚いたんですよね。これめちゃくちゃ面白いなって。

 

同時に思ったのは,

 

 

何かを発言するとき,人は必ず自分の体験とすり合わせながらモノを言う

 

っていうこと。

 

そして更に,

 

教室だと,意見交換するだけで30人分の過去体験を見ることが出来る

 

と思いました。

 

改めて教室で勉強する良さみたいなの感じた気がしますね。

 

はま先生は、

 

「話し合ったら必ず話し合った喜びを感じさせる必要がある」

 

とも言っているんですけど,そういう人の意見を教室で聞く良さみたいなのに改めて私自身が気づかされた気がしましたね。

 

いよいよ来週から始まりますが,少しでもこういう瞬間を作り出せるように頑張りたいと思います。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

 

今年は学ぶことが多い。

 

先日こう書きまして。

 

本当に見ていて色々と勉強になるので,私が凄いと思ったところを書いていきます。

 次々と打ち出される新政策

まず結構いろんなものが変わっています。

 

すでに職員会議の資料は廃止。

 

教員同士は全てネット上の掲示板でONENOTEを使ってやり取りをしています。朝行ってパソコンを立ち上がると必ずそれが立ち上がるので自然と連絡事項が目に入ります。

 

これによって朝の打ち合わせが不要になりました。

 

さらに,これまで紙で印刷していたものも無くなるので、印刷代のコストカットにもなっています。伝え忘れもなくなり,教員に必要な情報が一瞬でいきわたります。休み明けに学校に行くと大量のプリントが置かれているという事態が無くなりました。

 

そして生徒指導についても,やり方を統一。

 

指導のフォーマットや記録の形式をすべて見直し,どの教員が対応しても同じように記録が残っていくように年度の最初に確認しました。

 

また不登校の生徒への対応についても隙間を見つけてケース会議が頻繁に行われ,担任の独断に陥らないようにしています。

 

更には働き方改革の実現に向けて所見の廃止,部活の見直しなども言及しているので,これからどんどん学校が変わっていく気配があります。

丁寧な手回し

企業で働いている方からすると,資料のペーパーレスなんて当たり前だろという方もいるでしょうが,これが学校みたいな空間だとなかなか変わらないんです。

 

というのも,教育委員会だったり,年配の教員の抵抗だったりと学校は本当にそういう時にクリアする関門が多いんですね。なので、そのあたりどうしても機動性に欠けます。

 

しかし,そこを校長はまず教育委員会を説得するために「いかにそれがメリットがあるか」をペーパーにまとめて提出し,了承を得る。

 

更には年配の先生たちの抵抗感をなくすためにも懇切丁寧な説明をし,「デジタルは手段であって,目的ではない。基本は対話」という姿勢も見せる。

 

手回しが非常に巧妙で抵抗が最小限になるようなルートを取ってくるわけです。

 

これによってほとんど抵抗なく新しいことが進んでいったわけです。

積極的よそ者であれ。

そんな姿を見ていて思ったのですが,よそ者は強いと思いました。

 

というのも,今の校長先生は他の市町村からの人事交流で来ている先生なんですが,「前の勤務校の当たり前」を持ってきているだけで,本人からしたら別に特別なことをやっている感覚はないわけですね。

 

しかし,それが我々からすると,かなり斬新に映る。

 

なので,こういう風に積極的によそ者になるっていう異動の仕方っていうのは自己ブランディングを高めていくためにも大事だなと思いましたね。

 

今いる場所の強みをしっかり体得してから,次の場所に移る

 

これが出来たときに,人はものすごいいい仕事をするのかもしれません。

まとめ

まとめになりますが,私は校長とはこんなにも重要な仕事なのかと初めてその存在の大きさに気づいたところがあります。

 

その一言で学校の働き方や職員の取り組みが変わる学校運営の最終責任者,それが校長なのだということを今痛感させられています。

 

トップって本当に大事ですな。

 

そんな環境ですので,今年は本当に学ぶことが多いなぁと思いますし,出来るだけ色んなものを吸収しておきたいと思っております。

 

何かまた学んだら皆様に共有していきたいと思います。

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!

教師はそもそも苦しむしかない仕事かもしれない。

 最近久しぶりに大村はま先生の本を読んでいたんですよ。

日本の教師に伝えたいこと (ちくま学芸文庫)

日本の教師に伝えたいこと (ちくま学芸文庫)

  • 作者:大村 はま
  • 発売日: 2006/08/01
  • メディア: 文庫
 

 

知らない人のために説明しておくと,大村はまっていう先生は女性の方なんですが,日本の国語教育の大家みたいな人です。

 

もう亡くなられた方なんですが,それこそ日本の教員なら知らない人いないんじゃないかっていうぐらいの超有名人ですね。

 

もはや古典になりつつあるようなこちらの本なんですが,今こそそういう古典が必要な気がしてちょっと読んでみたんです。

 

そしてこの本の中に書いてあった,はま先生のポリシーにハッとさせられたんですよ。

 

というのも,多くの教師が覚えられない子,出来ない子に対して,

 

「もう一回やってみよう」

 

「出来ないのは回数が足りないんだ」

 

って言って何回も何回もやらせるじゃないですか。それこそ漢字練習とかっていうのはまさにその典型だと思うんですけど。

 

でもはま先生は,

 

「それで出来るようになるなら,もう日本中の子が漢字もっと書けている」

 

「それでも書けない子がほとんどなんだから,このやり方なんて全く無意味。教育のプロの仕事じゃない」

 

とはっきりとおっしゃっているわけです。

 

じゃあかくいう,はま先生はどう漢字を子ども達に教えていたのか?ってことが疑問になると思います。その例も載っていました。

 

例えば「精」という字を教えるとしましょう。

 

はま先生は何も言わずに漢字を黒板に丁寧に丁寧に大きくこの「精」の字を書くのだそうです。

 

子ども達はその姿をじーっと目で追う。視線を背に受けながらはま先生は字を完成させていきます。

 

全体に緊張感がある中で文字が完成した瞬間,

 

パッと消してしまう。

 

これによって子ども達の頭には「あれ?どんな字だったっけ?」「米に……なんだっけ?」みたいな疑問が浮かびます。

 

そこでもう一度黒板にゆっくりと丁寧に丁寧に「精」の字を書く。

 

すると子ども達は,自分が予想していたものとの合致しているかどうか食い入るように黒板の字を見つめます。そして合っていた時には教室に安堵する声が広がる。

 

そして,ここではま先生はプリントを渡します。こんな内容。

 

このたびはおめでとうございます。ところで、受賞なさったお菓子は、なんというお菓子ですか。

「森の」と申します。

「森の」と申しますと、あの「花の」とか「水の」とか、よくお話に出てくるあのですか。

               (途中略)

はあ、まず米をごく細かいのと、少し粗いのと、荒二種にひいて、水でこねるのですが、ここで少しでも不をして、こね方が足りませんと、いいものが出来ません。

 

ずいぶん力のいる作業です。それから、これはコツなんですが、塩はあら塩を使います。製塩は使いません。

 

こんな何回も「精」の字が出てくるプリントを書き写すように子ども達に促したっていうんですね。

 

なんだそんなもんかって思う人も居ると思うんですけど。

 

これ何が凄いって本当は文章がもっとずっと長いんですが,すべてはま先生の手作りの文章というところ。

 

さらに覚えさせたい漢字ごとにこれが用意してあるというではありませんか。

 

はま先生は「人は心が揺れ動いた時に一番ものを忘れない」としています。

 

だから、漢字一文字を教えるのにもどうしたら子供たちの心が動くのか、を考えぬいた結果この方法にいきついたというのです。

 

これ、凄くないでしょうか?

 

他にもはま先生は、「子ども達一人一人にその子が一番夢中になるであろう本を選んで,一人ずつ違う本を手渡していた」というエピソードもあります。

 

新編 教えるということ (ちくま学芸文庫)

新編 教えるということ (ちくま学芸文庫)

  • 作者:大村 はま
  • 発売日: 1996/06/01
  • メディア: 文庫
 

 (この本は教員必読です。大学生の皆さんはぜひ。)

 

そうやって手渡された本は多分一生忘れないと思うんですよ。

 

私自身学生時代を振り返って思い出すのはやっぱり心が動いた瞬間なんですよね。授業で自信満々だったのに間違えた時とか。

 

 

suno200002000.hatenablog.com

 

 

つまり,ここから言えるのは,我々が本当に子ども達にものを教えようと思ったら,

 

いかに題材を通して子供たちの心を動かすか,感動させるか

 

ってことだと思うんです。

 

じゃあどうしたら人の心を動かし,感動させることが出来るのかっていう話なんですけど。

 

私は,

 

苦しむしかない

 

と常々思っているんです。

 

もちろん,一部の天才は苦しむことなくアイディアがすらすら出てきて人を感動させる。そういうタイプの人もいるでしょう。

 

でも多くの人はそうじゃない。人を感動させるためには苦しんで苦しんで,準備したり練習した結果として,そういう瞬間が生まれるんだと思うんです。だって,どんなに運動能力が高くても苦労なく甲子園まで行けた人はいないでしょう。

 

だから,私たち教員ていうのは,そもそも苦しむしかない仕事なんじゃないかなって思うんですよ。

 

「おい、働き方改革っつってんだろうが!」

 

「そうやって教員が追い詰められてるんですけど!」

 

「苦しめばいいってもんでもないだろう!」

 

っていうツッコミが聞こえてきそうですね。

 

ここが難しいんですけど。

 

私はそれについては大学の時のH先生っていう方が授業で言っていた言葉をいつも思い出すんです。

 

こんな言葉だったんですけど。

 

「教師の仕事を全部本気でやろうと思ったら絶対に体もたないよ。だから,今年はこれだけは頑張るぞ。絶対に何が何でも手を抜かないってものを決めるの。」

 

「例えば道徳頑張るって決めたらもう絶対その授業だけは本気でやる。資料も発問もとにかくこだわる。絶対に子ども達の心を動かす」

 

「でも理科の授業はプリントでごめんねって感じで。そのメリハリが大事だよ」

 

っておっしゃっていて。

 

本当にこれは大事だなって今も思うんですよ。

 

これから学校始まりますが全部は出来ません。

 

ここだけは子供たちの心を動かしてみせるぞ!っていうものをこれからの学校生活で一つでも作っていきたいですね。

 

ということで、苦しみまーす!

 

本日も読んでいただき,ありがとうございました!