
人はいつからフルーツバスケットをしなくなるのだろう。
小学校の時、あれほど好きだったフルーツバスケットである。
中学校でやっても楽しい。多分だが高校生でも楽しいだろう。
そんな楽しいフルーツバスケットを人はいつの間にかやらなくなっていく。
大人になってから「今日の夜フルーツバスケットしない?」と言ったら、何かの隠語だと思われて怪しまれてしまうかもしれない。
「昨日部長からフルーツバスケットに誘われました」とセクハラ扱いされてしまう可能性だってあるだろう。
人はいつの間にかフルーツバスケットを卒業していくのである。
ちなみに小2である娘は学校で人生初のフルーツバスケットをしたらしい。
ただクラスのほぼ全員が「お題を出す人」をやりたがったらしい。そのため男子の何人かは最初から座ろうとしなかったのだという。
「おジャ魔女ドレミが好きな人」というお題をどうしても出したかった娘だが、一度もお題を出せないまま終了。その事について、家に帰ってきてから大いに嘆いていた。
なので夕食後には座布団を三つ出して健気な家族バスケットに取り組むことになったのである。
3歳の弟と一緒に「おジャ魔女ドレミが好きな人ー?」と「アンパンマンが好きな人ー?」を繰り返す。
たまに私にも回ってくるので「もう辞めて寝たい人ー?」と言うと子どもからはぶうぶう言われるのだった。学校で満足してくれていたらこんなことにならなかったのに。
ちなみに、もし私がそのクラスの担任だったら、全員がお題を出したい状況の中でどうしていただろうかを考えた。
思いついたのはお題を出す側に回ることが不利益になる仕組みにすることだ。
例えば2回で一発芸、3回で退場とかかが考えられる。
しかし相手は小学2年生。罰ゲームの導入はかえって不和を産む可能性がある。
また罰ゲームや退場システムが導入された場合、今度は児童たちか虚偽の申告をし始める可能性もある。
「今日の朝パン食べた人ー?」
「しーん」
「じゃあご飯食べた人ー?」
「しーん」
そうなるともうフルーツバスケットを連発するしかない。それはもうただの椅子取りゲームである。
このように考えてきて思ったのだが、フルーツバスケットというのは無防備な自己開示の上で初めて成立するものなのである。
うちの娘が「おジャ魔女が好きな人」と出したがった事を考えると、お題を出す側にも多少の自己開示を求められている。
そうなるとあれこれと考えて大人は自己開示しにくいからフルーツバスケットをしなくなるのかもしれない。
「今の仕事を辞めたい人ー?」
「実はまだ独身の人ー?」
聴く側も気を使う世の中だ。
無邪気にフルーツバスケットを楽しめた頃が懐かしい。
遠い記憶である。