娘が不登校になった。

運動会が終わった我が家はとにかく娘を回復させるためにも、本人がやりたがっていたことをやらせた。
カラオケに行き、好きなものを食べさせ、公園で遊ぶ。
とにかく娘が好きなことをやらせてリフレッシュし、来週からは学校に行ってほしいと思ったのである。
そして運動会さえ終わればストレスから解放されて学校へ行くだろう、と踏んだのだった。
しかし、どうだろうか。
カラオケに行き、楽しく歌う。日中元気だった娘は、夜になると次第に元気が無くなっていく。
そして、とうとう「学校に行きたくない」「明日やだ」と言って泣き始めたのである。
かくして運動会さえ終われば何とかなるだろう、という我々夫婦の期待は脆くも打ち砕かれたわけである。
朝になってもまた泣き始める娘をなんとかなだめて連れて行くが、今週も昼前には早退して帰ってきてしまった。
もう1週間以上この状態が続いているのである。
娘が給食の中でも「ぶんちゃんのこざかなくん」なる小魚の小パックが好きだというので、「今日はぶんちゃん出るよ!」と言ってみてもダメ。ぶんちゃんの力及ばず、である。
(やはりここはアーモンドフィッシュの「ばんのうくん」が良かったか)
もう私もずっと子どもの今後のことばかり考えてしまうし、これまでの自分達の子育てが間違っていたのではないか、と自身を責めずにはいられなかった。
「お母さん達は悪くないですからね」
以前、お話を聞かせていただいた不登校の専門家がそうやってまずは保護者に声をかけているという話の意図がよく分かった。
子どもが不登校になった時、保護者は最初に自分のことを責めるのだ。そしてその事は保護者のエネルギーを奪うことに繋がり、保護者の元気がなくなれば子ども達からもエネルギーを更に奪うという悪循環に陥る。
だから私もその先生の「悪くないですからね」という言葉を何度も思い出している。
先の見えない生活に、いつまでこれが続くのだろうかと思うと気持ちが本当に重くなる。
朝と夜しか顔を合わせていない私がそうなのだ。
日中ずっと顔を合わせて学校に行かない娘と、言うことを聞かない2歳児の面倒を同時に見ている妻のストレスは相当なものだろう。
それだからだろうか。
私は最近電車に乗ると、ふと、家に帰るのが怖くなる瞬間があるのである。
妻が思い詰めていたらどうしようか。
思い詰めて子供もろとも変な気を起こしたりしないか。
と考えてしまうのである。
家にいてもいつまで経ってもぐずぐずしている娘を見ているとついイライラしてしまって良くない。
どうやらそのイライラが伝わり始めているようで、娘も私から距離を取るようになってきている。
それを察して、私もできるだけ学校の話を出さないようにして、機嫌良く振る舞うようにしている。
しかし、相変わらず学校の話になると泣き出すし、これといった理由を述べるわけでもない。
我が子ながら、娘が何を考えているのか、分からないのである。
今日も我が家は大丈夫だろうか。
そんな事を考えながら、今日も帰りの電車に乗っている。
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