白眉最良

中学校教員が書くエッセーのようなもの。

再燃。

野外の草地に置かれたCanon EOS R5と望遠レンズの撮影風景ここ最近私の中で再燃しているもの。それがカメラなのである。

 

振り返ってみると始めたのはもう10年以上も前になる。協力隊で海外に行ったとき、周りの日本人はみんないいカメラを使っていた。私もせっかくのこの体験をいい写真で撮りたい!と思い購入したのがきっかけである。

 

そこからは毎日のようにバレーをして、写真を撮って、ブログを書いて生活していたのである。

 

【その当時の暮らしはこちらから】

寺と大仏と私: 2011年1月

 

協力隊では新規隊員が次々と日本から来る。私が日本に居ない間にiPhoneが発売になり、新規で日本から来た隊員たちが「スマホ買ってからカメラを使わなくなった」と言っていた。私はそれを「(無粋な奴らめ…)」という軽蔑の目で見ていたわけである。

 

しかしどうか。

 

日本に帰って来てスマホを購入するとなんと便利なことか。一眼に比べて圧倒的に軽い。そして場所も取らない。そのうちにカメラの性能がどんどん向上してボケみもある写真が撮れるようになった。こうなるともはや一眼の出番がない。

 

捨てるにもなんとなく捨てられないまま、私の一眼は5年近くクローゼットの中にしまっていたのである。

 

しかし、今年の春の異動でこれまで記録係だった先生が転勤になった。同じ部署にいたのが私だったので、たまたま私が記録係になったのである。

 

昨今は私的なスマホで生徒を撮影することが禁止されている。かといってタブレットでは撮りにくい。そう思って久しぶりに自前のカメラを引っ張り出してきたのである。

 

試しに入学式を撮っていたのだが、これが楽しかった。

 

スマホと違ってデジタルな処理で写真を撮るのではなく、一眼は光の調節を考えながら撮る。久しぶりのカメラで調節がうろ覚えだから、大幅に失敗することもある。設定がうまくいかず、人の顔が真っ暗という時もあった。

 

だからこそ、うまく取れた時が面白いのである。

 

またその写真もスマホよりもずっと自然なのだ。なんというか私はスマホだと写真を撮る気にならないのだが、一眼だと張り切ってしまう。

 

入学式の流れを頭に入れ、その時にどこに居たらよいか。体育館の状況からしてどんな設定がベストで、どんな構図が理想なのか考えながら写真を撮る。

 

入学式では入学の言葉を読み上げた代表生徒と校長先生の目が合う瞬間、そして校歌を聴きながら体育館前の歌詞を目で追う新入生の希望に満ちた表情を取ることができた。

 

なんというか撮っている私にも達成感があったのである。

 

そこから楽しくなってしまい、体育祭でも記録係に徹していた。

 

学年の生徒を中心に撮影し、参観日にはスライドショーにして待ち時間に保護者向けに流した。他の先生方から「良い写真。みんな生き生きしてる」という言葉をもらえたのが嬉しかった。

 

自分にはそういえばこんな趣味があったのだと思いだして嬉しい気持ちになっている。

 

今は新しいレンズが欲しくて中古品をちょこちょこ見てしまう。

 

スマホに比べれば重いし、取り扱いも面倒だ。

 

それでも、カメラのおかげで私はまた、この世界を丁寧に眺める楽しさを思い出せている。