
最近気になったニュースがこちら。
https://kahoku.news/articles/20251216khn000077.html
ある高校の野球部が「盗む」「殺す」「刺す」と言った野球で使われる用語に疑問を持ち、用語の改革の必要性を訴えているもの。
読んでいて、私は教育者という立場でとても刺激を受けた。それぐらいこれは実践としてかなり優れていると思ったのだ。
まず着眼点がとてもいい。トルピード(魚雷)バットが話題になったことがあったが、日本語の野球用語にも良く考えると問題となるような言葉がかなりある。
「併殺」「盗塁」といった言葉がある以上、グラウンドには「させ!」「盗む」などの言葉が飛び交うことになる。
この気づきは野球の外にいる人間にとっても言われてみれば確かにそう、という気づきがある。
さらにこれを学習として考察し、世間に発信した事は生徒にとっても大きな自信となった事だろう。
疑問に思って考察するまでは良くある話だが、こうして新聞社にまで取り上げられている点が教育のデザインとして非常に良くできている。
野球という世界において公立高校が成果を出すのは本当に厳しい。私立との競合がある中で、試合結果だけで注目を浴びるのはとても難しい話だ。
試合以外の部分でも有意義な取り組みをしているというこの発信は昨今批判されがちな部活動そのものに対して一石を投じるものであるとも言える。
言葉に対してそこまで気にしないといけないのか、過剰反応ではないかと思う方もいるかもしれない。しかし、生徒のモチベーションや社会変革への意識を育てるという意味で私は素晴らしい取り組みだと思う。
振り返ってみるとバレーボールという競技も随分その用語は変化してきた。
私が現役の頃は、レフト、ライト、センターだったものが現在はウィング、ミドル、オポジットとその名称が変更されている。
世界基準に合わせているのもあるが、それ以上に大きいのはバレーボールという競技、そしてポジションに求められる役割の変化である。
様々な位置から入り乱れながらスパイクを打つ現代バレーにおいて「レフト(左側から打つ人)」という名称はもはや正しくないのかもしれない。
オポジット(ライト)というポジションは、セッターの対角として、エース同等、もしくはそれ以上の活躍を求められるようになった。
つまり、名前が変わっているのではなく、プレーの考え方・役割・価値そのものが変わっているのである。
なので名取北高校の野球の用語に疑問を持ち始めたという事は、その練習やこれまでのスポーツ指導の根本を問い直す取り組みにつながるのではないかと思ったのだ。
まだまだ部活動指導の体制には古い部分がある。しかし、こうした取り組みがそのアップデートにつながるのではないか。
指導を見直すためには、まずは言葉を見直す。
これは一つの野球部が我々教員に与えてくれる重要な示唆である。
(言葉に関する記事のまとめはこちらから↓)