
学年で校外学習がありまして。
その中で学年の一部の生徒達が率先して案内役として立って、他の生徒に指示を出してくれたんですよ。
自分のことを後回しにして一番最後に昼食につく姿に私ちょっとグッと来てしまいましてね。
昼飯の終わりにこの事について、全体に伝えたんですよ。
「今日率先して案内係をしてくれる人がいたんだけど、おかげで私は他の生徒を見ることができたので、とても助かりました」
「あぁいう風に全体のことを考えて動いてくれる人がいるととても助かるし、気持ちよくこちらも過ごすことができます。そしてそういう人が増えるほど居心地が良い学年になっていくと思うのです」
「今日の主な目的はあくまで学習ですが、これから毎年やってくる学年全体で動く練習にもなっています。だから、これから午後の活動が始まるけど、自分には何ができるかを考えて行動して欲しいです」
そう話をしたんですよ。
そうしたら子供達の午後の動きが変わったんですよね。
積極的にクラスメイトに道具をくばったり、自主的にモップがけをしてくれる子もいて、すごく良い終わり方が出来たんですよ。
この出来事から思ったのが、
昼に私が話をしたことが、形成的評価(中間での評価)と同じ役割を果たしたのではないか
ってことなんですね。
非認知能力(数値化できない力)を育てようと思った時に子ども達は何が良い事なのか、がよく分からないんですね。数値化できないなら。
だからこちらから「自主的に他者に対して貢献できるように動くことは良いことである」、と伝えた事で子供達にとって目指すべき分かりやすい指標が出来て、それによって行動に変容が見られたんじゃないかなと思ったわけです。
そして同時に
同じことが学校の給食指導でもできる
と思ったんですね。
午前に発見した生徒のいい動きや、他の先生から聞いた生徒の良い点や改善点について中間地点である給食中に子ども達にフィードバックしてやる。そうしたらきっと午後からの取り組みが変わると思うんですよ。
ついつい給食時というのはこちらもご飯食べて、丸つけ時間の確保しよう!みたいな感じにしてしまいがちですけど、昼の学活とも捉えることができるわけで。
そこで気持ちが入ったらダレがちな午後の時間にもまた身が入ってより高い学習効果が得られるんじゃないかなと思ったわけです。
同時に認知も非認知も育てられる教員が一番強いと思う今日この頃です。
勉強できればそれで良い、じゃないんですよ。長い間社会で活躍できる子を育てないといけないし、そのためにも教員が担う役割は大きいんじゃないかなと思います。
まぁ私自身ちょこちょこ気をつけながら給食指導をしていけたらと思います。
誰かの参考になれば幸いです。
読んでいただき、ありがとうございました!