白眉最良

中学校教員が書くエッセーのようなもの。

人生を楽しむコツについて。

歳をとってきて体が動かなくなったと思うのと同時に、心が動かなくなったなぁと思うんですよね。

 

なんかこう、何をみても既視感があるというか。

 

景色を見ても「写真で見たなぁ」とか。

 

面白い話を聞いても「多分元ネタはあれかな」とか考えてしまったり。

 

なんというか、知識が増えたせいか、昔みたいに純粋に楽しめなくなってる気がするんですよね。

 

いや、そんな事ないだろ、普通に楽しいことあるだろ、と思って自分の中にある「最近楽しいと思えること」を必死になって探してみたんですけど。

 

出てきたのが、「バレーボール」と「洋服を見ること」だった訳で。

 

これって、一周回って中学の頃と変わってないと思ったんですよね。結局中学の頃好きだった事が今も好きなんだなって。

 

そこから「じゃあ中学の頃好きだったことの中に自分の心を動かすヒントがあるんじゃないか?」と思って他に何が好きだったか考えたんですけど。

 

そういえば、図書館が好きだった事を思い出したんですよね。

 

土日になると図書館でひたすら『火の鳥』とか『ブッダ』とか『ドカベン』とか『はだしのゲン』とかいう古い漫画を読むっていうのが好きだったわけです。

 

そして、そう考えると今も学校の図書室に毎日のようにいて、そこで子供らのノートチェックしたり、本探したりしてるんですよね。

 

そんな中で最近読んで面白かった図書室で出会った本がこちらです。

 

目の見えない視覚障害者の方とアートを見に行くこちらの一冊。

 

もうタイトルから惹きつけられますよね。

 

なんで目が見えないのにアート観に行くの?

 

失礼かもしんないけど、見えない人がアートを見に行って楽しいの?

 

しかも、「目の見えない白鳥さんとアートを見に行くと楽しい」ってどういうこと??

 

読み始める前から頭の中にはたくさんの「?」が頭に浮かび、読み進めると更に新たな「?」が生まれてきます。

 

どうやらこの本によると、アートを白鳥さんと見に行くと、必然的に言葉での説明を求められるわけで。

 

その過程で自分がこれまで見えなかった物が見えてくるみたいなんですね。

 

「草原が広がっていて…。ん?やっぱり海か?あれ?そもそもなんなんだこれ?」

 

「あれ、こんなところに目がある。なんで?こんなのあった?何表してんだろ?」

 

と説明しながら見える側の人間が考えさせられるわけです。

 

そうして「見えてる人も実は見えてなかった」ってことに気づくんだとか。

 

この本読んでいて、そもそも人間て「知らないことを知る」ことに喜びを感じる生き物なんだなって思ったんですね。

 

そしてその時の知らない事の中には「知っている事」がちょっと含まれていないといけない。

 

例えば私がロシア語で話しかけられても興味はわかないでしょうね。全く分からないから。

 

でもその音の中に「イクラ」ってちょっとでも聞こえたら、「今もしかしてイクラって言わなかった?」って興味持てるわけですよ。(イクラはロシア語)

 

だから、「知ってることの中に知らないことがある」「知らないことの中にちょっとでも知ってることがある」っていうバランスが物事を楽しむためには大切なのではないかと思うのです。

 

だから大人になって改めて見るバレーボールでは、これまでの経験から得た沢山の知ってることに、少しだけ自分が知らなかった事が新たに入ってくることになる。

 

このバランスが面白いんじゃないかと思いました。

 

私がこの教員という仕事が好きなのも、図書室が好きなのも、多くの「知っていると思っていることの中にある知らないこと」に気付けるからなのかも知れません。

 

だから人生を楽しむためには、知っていることを増やすことと、常に知らないことに出会うために行動を続けることなんじゃないかなと。

 

まだまだいくら(←ロシア語ではない)でも知らないことありますからね。

 

年齢は重ねましたが、知らないことを求め続ける以上、人生はずっと楽しいのではないかと思います。

 

なんとなくですけど、忘れないように書いておこうと思います。

 

読んでいただき、ありがとうございました。