Kは気づいたのである。
自分が外食に行くと他人のテーブルにあるものが気になって仕方ないという事に。
Kが気になってしまうもの。
それは、他人のテーブルにあるアルコールの存在である。
Kは他者が回転寿司を食べながら美味そうにアルコールを飲み干していく姿を羨望の眼差しで見ている。地下に置いて班長を見つめるカイジのような気持ちなのである。
んじゃお前もすぐに注文せえよ、と多くの方は思うかもしれない。しかし、Kにはそれができないのである。
Kは元来ケチな性分なのだ。ここで飲むものと同じものがスーパーにさえ行けば割安で買える。そう考えるとわざわざここで飲む必要はないのでないかと思ってしまう。
さらにKは健康オタクでもある。アルコールは筋肉を分解し、また睡眠の質も下げる。そう考えるとなかなか躊躇してしまうのである。
そしてこれが最大の要因なのだが、Kは妻が怖いのである。
本来酒飲みであるKの妻は、現在授乳のため禁酒をしている。
そのためKが冷蔵庫にアルコールを入れておくだけでも「自分だけいいですね」という小言が飛んでくるのだ。
もちろん夕飯の晩酌もなし。飲むとしても子どもが寝てからコッソリ。
外食中に頼むなんて考えられない。しようものなら何を言われるかは目に見えている。
「自分だけ今日の育児終了ですか?」
「私に運転しろって事?」
そんなことを言われる事が容易に想像できる。酔うに酔えない。飲むほどに気持ちが暗くなるだろう。出来るだけ地雷は踏みたくないから我慢を続けているわけである。
ここまで書いてきてK自身は気づいたことがある。
Kが求めているのは、アルコールそのものではなく、「アルコールを許容してもらえる柔らかな夫婦関係」なのだと。
この前キャンプ場に出かけた時も、はしゃぐ子どもたちの横で父親達が乾杯している姿をとても羨ましく感じた。とてもじゃないがウチでは想像できない。
真面目に子育てをして、働くことは良いことだ。それは間違っていない。アルコールを摂らない事で防げるミスもある。
一方でその窮屈さが今Kを苦しめているところがある。
ちなみに夜中の子どもたちの対応を1人で任せるのは忍びないので、忘年会も欠席する。
たまには憂さ晴らしがしたいし、はしゃぎたい時もある。しかし、それは男性だけでなく世の中の女性にとっても同じことだ。だから自分だけ主張はできない。
今の状態が一生続くわけでは無いと自分に言い聞かせている。
だから今日も、Kは飲酒する隣の席のおじさんを羨ましく眺めているのである。