教職者K

教育について考えるブログ。

子どもに任せるべきことと親がコントロールすること。

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Kは気づいたことがある。

 

子どもが問題行動を起こす時、その理由の多くが保護者の不適切な関わり方にある。

 

もっと言うなれば子どもに任せるべき所と、親がコントロールすべき所の見極めがとても下手だと感じている。

 

例えばお金。

 

ある子は親のカードを自由に使える環境にある。親はそれを「自己選択の機会」としているが、実際のところその選択の責任を子どもは負っていない。これではただのわがままの強化である。

 

大人になってから自由にお金を使える訳ではないから、将来的に今の状態との違いに子どもは不満を感じることが考えられる。親が良かれと思ってやっていることがかえって子供を不幸にしているのではないかとKには思えて仕方ないのである。

 

逆にある親は全く子どもに金銭を渡さない。故に子どもは親の財布からお金抜くことで自分の欲求を満たしている。

 

勉強についてもそうで、「ついていなければやらないから」と言う理由で親が全て管理する。

 

親は子どもが勉強しないことが心配で仕方ない。そして良い点数が取れれば「ほら私の言うとおりでしょ」と子どもを納得させる。

 

確かにそれによって良い点数は取れるのかもしれないが、反面で自分で考える習慣だったり、自分で計画する機会が奪われている。

 

もっと言うなれば、このやり方では親の学力を越えることは出来ないはずなのだが、そもそも親の学力が高いからそれでも良いと思っている節がある。

 

Kは飛行機と一緒ではないかと思うのである。軌道に乗るまでは手をかけるべきだが、軌道に乗っているならあれこれ手を出すべきではない。

 

もちろん最初から全て子どもに任せるべきではない。それはただの放棄である。

 

しかし、いかんせんそのあたりの匙加減が下手で、ある程度の年になってまで親がベタベタ子どもに干渉しすぎる。

 

少子化が進み、一人一人の子どもを大切に思うが故かもしれないが、こういう家庭が増えてきている気がする。

 

子供の思いよりも先に親の想いが先に来る。そして親が子どもを囲ってしまうが故に教員のサポートが届かないし、外部機関とも繋がりをもてない。親は自分が間違っているとは微塵も思っていないから、少しでも自分が否定されたと感じれば心のシャッターを閉める。

 

こうなるとほぼ教員は手が出せないし、子どもは親の狭い檻の中で一生生きていくことになる。

 

この子達はどうしたら変われるのか、考えてみるが答えが見つからない。

 

自分自身が子どもに対してそうならないようにしよう。Kにできるのはそう自分を戒めることだけである。