教職者K

教育について考えるブログ。

日曜日夕方の違和感。

 

 


さて日曜日である。

 

日曜日と言えば夕方には「ちびまるこちゃん」と「サザエさん」をご覧になっているご家庭も多いことだろう。

 

先週私も見ていたのだが,ここで感じた違和感について書いてみたい。

 

先週の放送ではテストで30点という成績を取ってきたまる子に対して,母親が

 

「まるこー!!」

 

とキレる様子が放送されていた。

 

そして続くサザエさんの中でもカツオが悪い点を取って来るのがお決まりであり,それに対して一家の長である波平が

 

「ばっかもーん!!」

 

とどなりつけるのがお決まりのパターンになっているわけである。

 

そして,こういう風に子ども達の学習に対して親が怒るという構図は日本中の多くの家庭で見られるのではないか。

 

しかし,私はこれはダメな一手であると考えている。

 

そもそも親に怒られたことをきっかけにして子ども達が勉強した場合,子ども達が勉強に向かうモチベーションは

 

「親に怒られないため」

 

になってしまう。

 

本来の学習とは「自分の将来の目標を叶えたい」「もっと新しいことを知りたい」「得た知識をもとに貢献したい」という本人の内発的なものによって行われるべきである。

 

しかし,怒られるという条件があってから勉強を始める子にしてしまえば,親が居ない場では勉強しない子になるだろう。

 

カツオがいつまでも勉強しようとしないのは,実は波平のせいなのかもしれない。

 

では親はどうすべきなのか。多くの方が反対されるかもしれないが,

 

私は

 

 

子の成績に対して親は何も口出しをしない

 

が実は正解なのではないかと思っている。

 

そもそも学習とは自分のためにやっているのであって,親を喜ばせるためにやっているものでもない。

 

下手な声掛けをしてモチベーションを下げるくらいなら,何も言わないのが正解なのではないかと思うのである。

 

(というか,それぐらい子の成績に対して親が何か言うことでかえってモチベーションを下げてしまっている子が多いように感じる)

 

むしろ私が学校で見ている超優秀な家庭の保護者ほど,子どもの成績に対して何も言わない。その方が有効であることを体感的に知っているのだと思う。

 

一方で幼少期から成績について色々と言われてきた親はそれが必要だと思って同じことを自分の子供に繰り返す。そこに悪循環があると思うのである。

 

もし何も言わないのが不安だ,それでは子どもが本当に勉強しなくなってしまう,と不安になるのであれば,

 

むしろ結果ではなく過程に注目して発言すべきではないかと思う。

 

例えばカツオが30点を取ってきたとして。

 

でもそれが前回0点だったカツオが努力して取ってきた結果としての30点だったらどうだろうか。

 

カツオが前回の反省を生かし,勉強している時に

 

「よく頑張ってるな」

 

「頑張ってるの見ると嬉しいよ」

 

「お父さんもたまには本でも読んでみようかな」

 

そんな風に言われたら,例え点数は取れなかったとしても他の分野でも努力できる子にならないだろうか。

 

世の中は結果しか見てくれないのは事実である。しかし,親ぐらいはその過程を見てあげてもいいのではないか。

 

そもそもテストの難易度は毎回違うし,子どもの能力もバラバラである。

 

だからこそ一律に「30点はダメ」「90点ならいい」という見方はナンセンスであるといえる。

 

そして私はちびまるこちゃんと,サザエさんという国民的なアニメの子育てを見ることによって「子どもの成績に親が何かいうのは当然」という風に受け止めてしまっている家庭がないか危惧しているのである。

 

あの時間帯はみんなが日曜日と昭和のノスタルジーに浸りながらテレビを見る時間である。

 

だからこそ,さくら家と磯野家の今後の教育力の向上に私は期待している。