では,また昨日の続きを書いてみたいと思います。
ぼんやりやるな。
うちのボスが大事にするべきだということの一つが「生徒指導は絶対にぼんやりやるな」ってことなんです。
そうやってぼんやりした指導をしているから,また同じようなことが起こるし,保護者は学校に不信感をもってしまって二度と相談しなくなると。
ではぼんやりさせないためにはどんなことが大事なのでしょうか。というかそもそもぼんやりした指導ってどういうことなのか、ってことを書いてみたいと思います。
事例ごとに解決する
その一つの方法が「事例ごとに解決する」こと。
ちょっと昨日の例を出して考えてみましょう。
例えばA君がB君を輪ゴムで打ったとする。
そのことについてB君は教員に訴えてきました。
B君は泣きながらこんな風に言いました。
「A君に輪ゴムで打たれました。A君には前から悪口を言われることがあって…前にも物を投げられたことがあります。もう本当に嫌なんです…」
こう聞くと教員は,
「そうかそうか辛かったな…じゃあA君にちょっと聞いてくるから」
となりやすいわけですが,これがもうすでにダメだとうちのボスは言うわけです。
うちのボスだったらこういう事件が起こった場合こう言うでしょう。
「事例は3つです。それぞれについて聴き取りをもう一度」
つまり,先ほどのB君の発言にはいじめを感じさせるようなものが3件あるわけですね。
以下の3つです。
①輪ゴムで打たれた。
②悪口を言われた。
③前にも物を投げられた。
この一つ一つに「いつ・どこで・どのように・それによってどう感じたのか」まで詳細に聴き取りを行い,
その上で必ず一つずつ解決していかなければならない
というのです。
こういうのをまとめてやってしまう指導のことをボスは「ぼんやりしてる」と表現しているわけですね。
というのも,そういったA君とB君の関係性を考える上では「輪ゴムをぶつけた」という事象について注意をしただけではダメなんですね。
もっと根本的な言葉だったり,ものの見方を指導するためにもとにかく事例を浮き彫りにし,その一つずつについて解決する必要があるそうです。
これがまずぼんやりさせないために必要な手順なんだそうな。
感想
いざやってみると,これがなかなか大変です。
子ども達は小学校から付き合いがあったりするので,ものすごくたくさん事例が出てきたりもするからです。
ただでさえ学校は忙しいので,その一つ一つを確認していく作業というのは,本当に労力のかかる仕事です。
(ちなみに本人との確認の中で「それはもう昔のことなんでいいです」となればそれは後回しにはなるわけですが,少なくとも一つか二つの事例については必ず指導を入れるようにします。)
ただし,例えばの話子ども達が自殺に走ったとなると,学校はそういう一つ一つのことにどう対応してきたのかが問われるわけですね。
A君が嫌な思いをしていたにも関わらず学校が適切な指導を入れていないのは大問題になるので,こうやって一つずつ事例と被害者の意向を確認していくというのは,いざという時に指導者側を守ることにもつながるわけです。
それにやっぱり子どもや保護者からしたらそういう風に一個一個示された方が分かりやすいし,加害者側も納得しやすいと思うんですよ。
意外と我々はそんな風に事例をごっちゃにしてやってるんじゃないかと思うんですよね。
案件が重大であればあるほどこのような丁寧なステップが必要なようです。
なので私も最近は「事例はいくつなのか」をものすごく意識しながら子ども達の話を聞いています。
ということで,事例ごとに分けてぼんやりさせない生徒指導について書いてみました。
今回の記事が皆様の参考になれば幸いです。
本日も読んでいただき,ありがとうございました!