教職者K

教育について考えるブログ。

習い事として0歳の乳児を公文に通わせてみる。

f:id:suno200002000:20190723222658j:image

 

うちの娘(1歳0ヶ月)なのだが,ちょっと前から公文に通わせているのである。

 

そういうと多くの方から,

 

「いや無駄無駄!」

 

「何にもわかんないじゃん!」

 

 

「そんな小さい頃から塾だなんて子どもがかわいそう」

 

 

などと散々な言葉を頂くことになるわけである。

 

しかし,私からすると

 

「うるせえ,黙っとけ」

 

の一言である。

 

 

というよりか,むしろ遅かったかもしれないとすら思っているくらいなのである。

 

なぜなら子どもの能力はとりかかる時期が早いほど伸びるのが早いのは間違いないからだ。

 

私自身中学校で子どもたちにバレーを教えているが,どれだけ練習を工夫してやっても小さい頃からやってきている子たちにはなかなか追いつけないのが現状なのである。

 

大人が今からピアノの練習をして、小さい頃からやって来た子と同じようになれるだろうか。

 

いいところまではいくかもしれないが、明らかに小さい頃からやっていた方が有利なのは間違いないだろう。

 

 

乳幼少期の一番伸びる時期を逃さないようにするというのは本当に子どもを育てる上で大切なのだと感じているわけである。

 

 

あの落合陽一氏も1週間毎日違う家庭教師をつけられて勉強や美術や音楽を学んでいたというではないか。(月15万くらいかかるらしい)

 

 

 

家計の都合上そこまではできないが,やはりこの時期の習い事は人生において重要な役割を果たすと考えているわけである。

 

 

費用はたしかにかかるが,学習する習慣ができていればあとは自分で勝手になんとかするようになっていくだろう。

 

だから

 

お金をかけるべきはしろ小さいうち

 

なんじゃないかと思っているわけである。

 

学力がある程度あって進路選択する余裕がある子に育てばこのくらいの投資はすぐに回収できるだろうと読んでいるわけである。

 

 

んじゃあ公文で0歳児が何をしてるんだ?

 

 

と多くの方が気になると思うのだが,

 

 

先生からひたすら絵本を読んでもらったりカードを読み上げたりしてもらっているらしい。

 

はっきり言ってその効果は全くわからない。

 

 

うちの娘はまだ喋りもしないし,計算ができるわけでもないのである。

 

 

なので,この話を出すと大体,

 

 

「いや無駄だろ,それ」

 

と言われてしまうので,

 

私もだんだん月謝の7000円が惜しく感じてきてしまったわけである。

 

そんな中,最近妻から,

 

「公文の発表会があるからあなたもきてほしい」

 

と言われたのである。

 

私としてはこのまま通い続けた結果どのような子どもに育っていくのか,他の子の姿が気になるところ。

 

さらにはなんと,

 

 

「うちの娘も発表する」

 

 

というではないか。


いやいやいや。

 

 

何を?

 

 

という感じである。うちの娘ができることと言ったら,笑う,泣く,食う,寝る,もらすくらいのものなのである。

 

まさかステージ上でもらす気か?

 

人生で初めての娘の晴れ舞台が,もしかしたらとんでもなくハレーションな舞台になってしまうかもしれない。

 

 

そんな不安に苛まれながらも私は初めての娘の学習発表会に行ったわけである。

 

 

追伸

続きます。公文に来ている方々の話を聴くと,世の中にはすごい教育熱心な方々がいっぱいいるんだなぁ…ということを感じる今日この頃です。その辺また続き書きますね。