「ベテランの先生が生徒と上手くいってないケースが多い」
ってことを最近よく聞いていたんですよ。
「子どもは若い先生が好きなんでしょ」っていう見方も出来るのですが、若手は授業経験では圧倒的に不足していますから。
やっぱり知識と経験ではどうしたってベテランの方があるし、そういうプロフェッショナル性を中学生ともなれば求めるようにもなってきます。
なので、一概に「若いからいい」とも言えないはずなのです。
にも関わらず、ちょっとベテランの先生達の指導がはまらない瞬間が多いというのです。
その違和感の正体を突き止めるためにこの春休みは色々読んだので、ちょっと私なりにまとめてみたいと思います。
①情報化への対応の遅れ
生徒達が情報を得る手段がテレビからネットに変わりました。もはやテレビの有名人よりもネットのYouTuberの方が子ども達にとってスターです。
YouTuberは視聴回数を増やすために短くても面白いものを作ろうと必死です。ヒカキンさんについては7分の動画に6時間かけているなんて紹介されていました。
そして子ども達は気に入らなければそんな映像をどんどんスキップして自分の好みのものを見つけていきます。そして面白ければコメントを書いたり、共有したりとけっして一方向で終わらない。
つまり、今の子達は何かを取り入れようとするときに圧倒的にそのテンポが速く、また同時に発信を行うことに慣れているのです。
その速いテンポの子達に教員側が追いつけていない。一方的に喋る授業でうまくいかなくなっていくのは当然の流れです。
これまではそのスタイルでも子ども達が受け入れてきたのでしょう。しかし、時代の流れとともに子ども達の気質が変わり、子ども達の求めているものと、ベテラン教諭の提示するものの間にギャップが生まれ始めているのです。
そして、これは「説明」そのものに関しても言えるのではないかと思うのです。
教員というのは本当に真面目で、「事前にちゃんと説明しておかないと」と考える人が多い。
作業や活動を前にしても丁寧に丁寧に説明をしてから作業に入ります。
しかし、これも今の世の中はそうではないのではないかと。
ちゃんと説明してから作業に入る、これは言うなれば、
「分厚い携帯電話の取扱説明書を全て読んでから携帯を使いはじめる」
ようなものだと私は思うのです。昔はそうでした。本当に分厚い説明書がついていたのです。
しかし、今は違います。
IPHONEを思い浮かべて見ればわかると思うのですが、従来あった説明書はもうどこにもなく、今では使い始めながら、その使い方は必要な時に逐一本体が教えてくれます。
他のアプリについてもそうで、なんとなく使いながらその操作を覚えていくのです。
子ども達はそういうものの覚え方に慣れている。ようはドライブしながら経験を獲得していく方がしっくりくるのです。ここにも生徒達の求めているものと提示するもののギャップが生まれているのではないでしょうか。
②罰を背景にした指導
これは時代背景もあるのでしょうが、年配の先生には罰則を背景にした言葉で指導をする先生が多い気がします。
具体的な言葉で言うと、
「提出物を出さないと評価を下げるからね」
みたいな言葉です。
これらの言葉はひと昔前は生徒のやる気を出させる上で効果的だったのかもしれません。
しかし、今や高校全入の時代。これらの言葉がどれほど効果的なのか私は懐疑的です。それに個人的にはあまり脅しのような形で能力を伸ばすと言うのが好きになれません。
それに、出さなければ成績が下がることなんてみんなわかっているのです。
それでも出さないのですから、「そもそも解き方がわからない」だとか、「家庭環境が複雑で学習に集中できない」とか問題は他のところにあるのではないでしょうか。
ベテランだからどう、とかではなく、もちろん個人の気質もあるのでしょうが、こういった先生達が苦労されているんじゃないかと思う今日このごろです。
簡単に2つほどその理由を挙げました。他にも色々とありますが、今日のところはこれくらいで。
本当に自分でも怖いなぁと思うのが、今やってるやり方も時代が変わればダメになるということです。
私はパワーポイントを使ったり、生徒が飽きないように様子を見ながら学習形態を変えたり、ゲームを取り入れるなどの工夫をしています。
しかし、そのやり方も数十年後には過去のものとなり、廃れていくのです。メディアが発達して子ども達が変化してきたら今の私のやり方は捨てなくてはならないのです。
「学ぶことをやめた時が教えることをやめるとき」
(ロジェルメール・元サッカーフランス代表監督)
この言葉を忘れずに頑張りたいものですね。