これNIEとはまたちょっと違うと思うんですけど,最近新聞の中で中学生が参加できる公募見つけてはひたすら子ども達に記事説明して取り組んでみるように勧めてるんですよね。
分かりやすくマーカー引いて,掲示したりして。
最近も「読書感想文コンクール」の募集要項が載ってたんで,懇切丁寧に子ども達に紹介したんですよ。本も図書室で借りられるし。
そしたらですね、
「いやいやいや,無理無理無理!」
「あ、本読めないんで無理です」
「どうせ書けないからいいです」
なんて言いやがるわけですよ。
今放課後には教員が机とか消毒してるんですけど,お前らも一緒に消毒してやろうかって思いましたよ。
ある意味で毒されてるんですよね。
「無駄なことをしたくない」
「失敗したくない」
「失敗したら恥ずかしい」
っていう考えに。
これ私は大間違いだと思っていて。
応募する経験はプラスにしかならないと思ってるので,そのことについて今回は書いてみます。
差別化せよ。
まず,なんで中学生に公募勧めてるかっていうと,それが人生を生きる上で有利になる可能性があるからなんですね。
多くの中学生が「読書感想文出してみよう」と言われても嫌がるわけですよ。宿題ならまだしも,自主的にやろうという子はひどく少ない。
でも物の価値っていうのは希少性ですよね?
ダイヤモンドが高いのはその辺に落ちてないからですよね?
だから,そういう人がめんどくさがることに挑戦する子は希少価値が上がるわけですよ。
そういう意味では,受賞した日には更に希少価値爆上がりじゃないですか。
今年は部活の大会や学校が準備してくれるもので賞を取るのが難しい状況ですから,そういうところで少しでも自分の武器を取りに行くのって大事だと思うんですよ。
失敗なんてない。
「いや、でもどうせ受賞できないし」
「受賞できないと悲しい」
「自分には才能なんてないから」
っていう子ももちろんいると思うんですけどね。
例えば読書感想文書こうと思ったら,本を一冊読んで原稿用紙数枚書かないといけない。この経験がすでにものすごい勉強になっているわけですね。
その過程で自分の人生を変えてしまうような一文に出会うかもしれない。
受賞できなくて悔しかったら,受賞した人の作文まで読むかもしれない。
自分と文の構造がどう違うのか,どこが評価されたのかを考えたらそこでまた勉強になる。
つまり,応募してる時点で損なんてないんですよ。
私は「成功」の反対は「失敗」じゃなくて「何もしないままスルー」することだと思うんですよね。それが一番何も得るものが無いから。
これがビジネスとかの世界で損が出るものならまた話は別ですけど,読書感想文なんてなんのリスクもないわけですから。
これはタダで出来る宝くじみたいなもんなんですよ。
だからどんどん挑戦する経験をした方がいい。単純にその数が多いほど,自分の強みや特徴に早く気付けると思うんです。
私も応募している。
私も毎日のようにこうやってブログとかツイッター上げてますけど、それもある意味で応募だと思っているわけです。
もちろんね,めちゃくちゃ滑る時もありますよ。
フォロワー1400人近くいて「1いいね」しかつかないとか普通にありますからね。
(あれ?みんなどうした?まだ自粛してるの?って思ったりする。もう非常事態宣言終わりましたよ!)
でもそうやってトライして何が足らないのか,どうしたら人の心に響くのかを考える作業っていうのは確実に私の力になっていると思うんですよ。
なのでここ最近は毎年のように仕事でも誰に頼まれてるわけでもないのに,研究論文提出したりもしているわけです。受賞できるどうこうじゃなくて,その過程で考えることが確実に力になるから。
なので私はこれからも死ぬまで応募しつづける人生にしようと思ってるんですよね。
ということで,今回は応募のメリットについて書いてみました。
この記事が少しでも皆様の「応募してみようかな」って気持ちにつながれば幸いです。
本日も読んでいただき,ありがとうございました!