さて、続きである。
(先にこちらご覧ください)
障子の穴のを思い出して憂鬱な気持ちで風呂から戻ってくると、妻から開口一番に言われた。
「これ、(穴)開けたのあなた?」
なんということか、早速バレているのである。
私はこう返答する。
「う〜ん。う〜ん、
もしかして、
俺…
かなぁ〜?」
最低。最低である。
この期に及んで少しでも逃げられるなら逃げたいという感情が見え隠れする。我ながら最低だと思う。
日頃学校で何か問題が起こった時に「やってしまった人は正直に申し出なさい」と生徒に言っているクセにこの始末である。
そんな日頃偉そうなことを言っている私がこんなことすら正直に言えない…久しぶりに怒られることが分かっていて申し出ることが出来ない子ども達の心情が理解出来た気がした。
妻は言う。
「いや、君しかいないじゃん。」
「何誤魔化そうとしてんのよ。」
「ちゃんと言ったほうが良いよ。次のお客さんの気分を害しちゃうかもしれないし」
真っ当である。いたって真っ当。
しかし、最低な私はこの期に及んでまだ何とか誤魔化せないものかと考えながら夕飯に向かうのだった…。
夕飯はこんな感じ。祝いの席ということで鶴をイメージしたふぐ刺しも出た。
年に一度の贅沢を楽しむのだが、この時も私の脳裏に浮かんでくるのはやはり、開けてしまった障子の穴のことなのである。
どう言ったら怒られないで済むだろうか…。
もしや、布団を敷いて貰ってる間にバレてはいないだろうか…。
気持ちは完全に逮捕に怯える殺人犯である。酒を飲んでもどこか気持ちが冷めていて酔えない。
途中で持ち込んだケーキを出して貰ったのだが、
「お前さえいなければ…!」
「俺はこんな気持ちにならずに済んだのに…!」
とケーキに対してどこか怒りの感情さえ湧いてくる。
しかし、そんな時も旅館のサービスが素晴らしいのである。出された皿もフォークもクリームを溶かさないためにしっかりと冷やされて出されてくる。
更に「還暦おめでとうございます」とちゃんちゃんこまで用意し、記念品を笑顔で義母や子ども達にプレゼントしてくれるではないか。
素晴らしいサービスを受ければ受けるほど、私は憂鬱な気持ちになっていくのである。
「(私はこんなサービスを受け取る資格がない最低の男…)」
「こんな素晴らしい人たちの職場を私は損壊してしまった…」
そんな気持ちになっていく。
ケーキを食べ終えると,飽きてしまった子ども達は宴会場の中で走り回り始める。微笑ましい姿だが,その姿を見ていて私は更に惨めな気持ちになる。なぜか。
それは,
こんなに小さな子達がこれだけ走り回っても障子に穴が開かないから
である。うちの子といとこ達、1歳3歳5歳が縦横無尽に走り回るがまったく障子に穴が開かない。
それなのに私は30を超えたのに障子に穴を開けてしまった…
更にそのことを正直に言い出せずにいる…。
もっと言うと,
娘(一歳)が穴開けたことにしようかと今一瞬頭をよぎった…。
可愛い我が娘のせいにするだなんて最低の行為が一瞬でもよぎってしまったわけである。
安西先生、自分が…情けないです…。
結局素直に言い出せないまま,この日私はもやもやしたものを抱えながら床についたのだった…。
(続きます)