「インスタグラム始めたんだけど」
そう最近妻から言われたのである。なんということだろうか,これまで「始めたい」とことあるごとに言っていた妻のインスタグラムなのだが,とうとう現実的にスタートを切ったらしい。
さらに妻は,
「インスタ用の写真を撮る協力をして欲しい」
と私に要請して来たのである。私は一眼レフを持っているので,それでインスタ用の写真を撮って欲しいというのだ。
このように言われて,私の中に迷いが生まれた。
このまま妻のインスタグラムに協力して良いものか。正直あまりやりたくない。なぜなら私はインスタグラムというものを良く思っていないからである。
というのも先日ショッピングセンターのフードコートで若い女性3人組を見かけたのだが,いちいちドリンクをもって写真を撮っているのである。
一人一人の顔にドリンクを近づけてパシャり。
2人ずつドリンクをもってパシャり。
3人でパシャり。
ドリンクだけを3つ合わせてパシャり。
写真を撮り終えると今度はドリンクを飲むのかと思いきや,3人とも携帯を覗き込み,高速で指を動かし始めた。多分それぞれがインスタグラムに撮った写真をアップしているのだろう。
私は3人がわざわざ同じ席を囲んでいるにも関わらず,全員が会話なく自分のスマホを見つめている姿にちょっと不気味ささえ感じたのである。
さらに,その「いいね!」が欲しいが故に目の前の会話だったり,食べ物を置き去りにしている感じになんとなく嫌悪感すら覚えたのだ。
そのようなイメージから,私は妻がインスタグラムを始めることについてなかなか肯定的になれなかったのである。
さらに,中学校教員として土日も部活でバレーをしている私にとって,これに協力するということはもともと無い自分の時間をさらに無くしてしまうことに等しい。
妻はとんでもなく真面目で凝り性であるため,中途半端な写真で満足しないことが目に見えているのである。
先日も妻は,「コンビニのちぎりパンと娘の手を比較する写真を撮りたい」と言いだし,コンビニまでパンを買いに行ったのである。
みなさん分かるだろうか,あの赤ちゃんのムチムチした手の横にセブンイレブンのちぎりパンをおいて撮る写真である。
適当に撮ってもいい画になりそうなものだが,ここで思いがけないアクシデントが発生する。
ちぎりパンのデザインが変わってしまっているのである。これまで中に隠れていたクリームが表面に出て来てしまっている。美味しそうではあるが,これではあの赤ちゃんの腕のようなムチムチ感が写真で表現できない。
妻曰く,
「全国のママインスタグラマー達がこの表面に出てきたクリームに苦しめられている」
とのことだった。こんなことに悩まされるだなんて,インスタグラマーたちもなかなか大変である。
私だったらこのパンを適当に置いて写真を撮って終わり,もしくは写真は撮らないでちぎりパンを食べて終わりである。
しかし,うちの妻は違う。
クリームを取る。わざわざ写真一枚のために一度クリームを取る。
この状態にして,左右から潰して空間を埋めて写真を取ろうというのである。
(使用したちぎりパンとクリームはスタッフ(私と妻)が美味しくいただきました。)
しかし,何回かトライしていたが,どうしてもパンが細くなってしまうためにあのムチムチ感が出てこない。
そこで諦めて欲しいものだが,妻は違う。
「次はビニールを加工して,その中に手を入れてみよう」
とへこたれないのである。
ちぎりパンの包装ビニールを広げ,ウェットティシュで丹念にクリームを拭き取る。さらにはセロハンテープで再度包装を作り直す。この諦めなさ、不屈の闘志。私より男らしいのである。
しかし、この中に娘の手を入れようとしたのだが,ビニールが伸びないために入口の段階でもう入らなかった。
二度の挫折を経験し,私としてはここらで諦めて欲しいものだが,
「シールを直接(腕に)いこう」
と妻はまだ諦めない。頼むからその情熱をどこか他のところに向けて欲しい。
結局ここまでいったのだが,妻はまだ納得していない様子でこの日は終了した。
しかし,ここで終わらないのがうちの妻なのである。
「もっといいの見つけたんだけど」
と言って後日買ってきたのがこれである。
ちぎりパンからの富良野メロンパン。
お分りいただけただろうか。妻のこの異常なほどの情熱が。私以上の鬼コーチなのである。
それに対して私はやる気のない部員みたいなもの。「友達が入るから入部しました」みたいなモチベーションなのでどうしたってついていけないのである。
よってこの妻のインスタに協力するかどうかということについては私には迷いがあったのである。
しかし,この迷いも最近変わって来た。
どんなものかと思って妻のインスタグラムを覗いてみたのである。
ちょっと緊張しながら見てみると、そこにアップされていたのは,ほとんどが娘の成長記録であり,顔写真というよりも娘が好きな絵本や娘の反応などについてなどが,こと細かく記録されていた。
私が部活で家におらず,見ていない間も娘はずっと変化していたことに,それを見て気づかされたのである。
妻はそんな少しの変化も逃すまいと,記録がわりにインスタグラムを使っているようである。さらにはどうせ残すなら可愛く撮ってあげたいと頑張っているようだ。
妻がこれだけ娘のことを思い,頑張っているのだから私も出来るだけ協力してあげよう,と心に決めた。
写真を撮ることで家族の思い出が増えるのならそれも良いのではないかと思うのだ。
『結婚前には両目を大きく開いて見よ。結婚してからは片目を閉じよ』
と言ったのは,イギリスの聖職者トーマス・フラーだ。
結婚前は相手をよく見るようにし、結婚後は少しの欠点には目を瞑るようにしなさいという意味だろう。
この言葉にあるように,私は妻の少しこだわりすぎるところには目を瞑ろうと思う。
私は片目を閉じてファインダーを覗き込み,今日も写真を撮るのである。
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