冬休みに入りましてこちらの本を読みまして。
「横道世之助」なんかで知られる吉田修一の作品です。
私は単純に吉田修一の作品が好きで全く前情報なくこの本読んだんですけど,この本は森鴎外の「山椒大夫」のリメイクみたいなんですね。
さらに森鴎外の「山椒大夫」も昔話の「安寿姫と厨子王」のリメイクみたいなんですよ。
つまりこの本は
リメイクのリメイク
なわけです。
なのでこの本を本当の意味で楽しむためには元の話がどうあって,それをどう森鴎外がまず切り取ったのか。
さらに吉田修一がさらにどう作り替えていったのかを知る必要があるなと思いましたので私なりに調べて考えてみました。
昔話「安寿と厨子王」
まず元の昔話なんですけど。
安寿と厨子王っていう姉弟が居て,父親が急遽福島から福岡に左遷させられてしまうんですね。
それを追っかけて姉弟が母親とお連れのものと旅に出るんですけど,ここで人さらいにあってしまうわけです。
騙された姉弟は船の上で母親と離れ離れにされてしまい,さらに「山椒大夫」という奴隷商人のもとに売られてしまいます。
そしてこの「山椒大夫」がもうめっちゃくちゃエグいやつで。この息子の三郎ってやつももう鬼畜の中の鬼畜で。
焼印を幼い姉弟の額にギューっ!っと押し付けるような残忍な男達なわけです。
さらに脱走企てたのを聞かれてしまい,姉の安寿の方はめちゃくちゃ拷問されて死んでしまうという救いのない話なんですね…。
なんとか脱走して逃げ切った弟の方は偉くなってこの山椒大夫に復讐します。
「そんなにでかい国が欲しけりゃ黄泉の国(死後の世界)を与えてやるわ!」って言って息子達に山椒大夫の首を切らせるというね。
なんだかこう昔話版「ショーシャンクの空に」みたいな話なわけですよ。
(一応貼っときます)
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森鴎外の「山椒大夫」
それで森鴎外の「山椒大夫」は基本的にその流れを組んで忠実に書いていくわけなんですが,
ちょっとマイルド
になっているんですね。
例えば焼印「ギューッ!」のシーンはあるんだけど,姉弟の額には跡が残っていなくて,自分たちが持っていた仏様の額に焼印がついていたりする。(←身代わりになってくれた)
さらにはノコギリで首を切るシーンもなし。
最後は何度も人に売り飛ばされて,逃げられないように手足を切られ盲目になった母親が,
「安寿恋しや ほうれほれ」
「厨子王恋しや ほうれほれ」
とその姿になっても息子達を思ってずっと言っている。そこに再会する物語になっているわけです。
つまり,昔話の方は江戸時代とかの価値観ですから,「下々のものの上の支配に対する不満」みたいなものが爆発しているんですよね。
それに対して森鴎外の「山椒大夫」は明治の価値観になっているというか,解放令も出て身分の差みたいなのも無くなってきていて,どこかマイルドで家族愛みたいなものを書いた作品になっているわけです。
吉田修一の「アンジュと頭獅王」
(以下ネタバレ含みます)
んじゃあ吉田修一の「アンジュと頭獅王」がどうなっているかというと,
脱走中に頭獅王を助けてくれる「聖」というお坊さんがいるんですけど,このお坊さんが
「絶対この子を命にかけて守るぞー!」
「何年かかってでもー!」
と意気込んで歩き続けた結果
800年
歩くんですよ。歩きすぎでしょ。私も思いましたよ。ちょっと理解追いつかなくなりましたもん。
しかも,辿り着いたのは令和の新宿御苑。そのままサーカス団に引き取られます。
この辺りの発想が凄くて,文体はそのままに現代的な言葉がバンバン出てきて世界観がえらいことになっているんですよね。本の中の言葉を使うなら
「テーマがタイムレス,まさに時代を超越した存在でございます」
まさにそんな感じなんです。
頭獅王を養子にしたい「六条の院」て人が出てくるんですけど,
なんて,株式を交換条件に出してきますからね。他にもフェラーリとかポルシェとか出てきてみたり。その辺の文章と単語のミスマッチがすごく印象的なんですよ。
さらには,のこぎりで山椒大夫を殺してしまうシーンもあるし,母親と再会するシーンもある。
これを私は
「これまでの時代で価値観は出尽くした。一周回って今や多様性の時代」
という表現なんじゃないかと思ったんですよね。
昔みたいに上の人たちに対して強い怒りをもっている人たちって今また出てきてるんじゃないかなって。
かと思えば何かを許す慈悲の心も大事だと言われる現代社会じゃないですか。
なのでそういういろんな価値観があるだろっていうのを作品の中に入れたかったのかなって個人的には思ったんですよ。
真意の程は分かりませんが,そんな感じでめちゃくちゃ色んなこと考えさせられた作品でした。日本語的なリズムも心地よいです。
興味がある方いましたら是非どうぞ。
本日も読んでくださりありがとうございました!